トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

精霊の村

 ギルに横抱きされた私は、上空から森を見下ろした。
 進むにつれて、眼下に広がる緑は青緑へと変わり、今はもう青一色だ。
 その森の中心に、ぽっかり開けた場所が見えた。

「あれが精霊の村だ」

 言って、ギルが高度を下げ始める。
 風圧は無くても降下中の景色は、やっぱり怖い。私はギルの肩に、ぎゅっと掴まった。
 トンッ
 程なくして、地面に着いたギルの足からの振動が、ほんの少し伝わる。ギルは私を、そっと降ろしてくれた。

「わぁ……」

 青白く光る樹が至るところに生え、不思議な紋様の入った石造りの小さな家が疎らに見られる。精霊の村の第一印象は、予想通り『幻想的な地』だった。
 ふと、自分の格好を見下ろす。
 いつもは服装に関して私に自由にさせているギルが、今日は珍しく「これを着て欲しい」と指定してきた青のワンピース。ここに来て、すぐにその理由がわかった。

(なるほど、保護色ね)

 生地の染めの濃淡が、村の雰囲気とよく似ている。これなら遠くから見たなら、風景に溶け込むだろう。ギルの気遣いに感謝だ。
 さて、ここからどこに向かうのだろう。上空から見ていた感じでは、私たちは村の中央付近に降りてきたのではと思う。
 私はギルを見上げようとして、

(ん?)

 その前に、その間にいた小動物と目が合った。
 つぶらな黒の瞳、ヒクヒクする鼻、ぴこっと長めの耳。

(えっ、兎⁉)

 私の胸の高さまである巨石の上に、ちまっと小さな兎が。
 明るい茶色のモフモフな毛並み。全体的に丸いフォルム。
 こ、これは……

(ネ、ネザーランドドワーフ……さ、触りたい)

 ついふらふらと伸びそうな手を(こら)えつつ、ひとまず見つめ合ってみた。逃げる気配は、まったく無い。
 巨石は輪状に並んでいて、その中央にこの子の寝床なのか(わら)が敷き詰めてある。誰かお偉いさんのペットなんだろうか。

「久しぶりだな、光の精霊」
「精霊⁉」

 兎に片手を上げて挨拶したギルを、私は今度こそ見上げた。

「魔王とその嫁御か」

 喋った!
 喋ったよ、ネザーランドドワーフが。何だか偉そうな感じで。
 光の精霊とくれば、やっぱり気位が高い設定なんだろうか。

「ふん、魔王め。この尊きワシを訪ねて来るのに、手土産の一つも用意せぬとは」

 もう一度、ネザ――もとい光の精霊に目を戻す。
 腰に手を当て、ふんぞり返る兎。そんな態度でも、そこには『可愛い』しか存在しない。まさに可愛いの化身。確かに尊い。

「前に土産を持ってきたとき、その場で捨てたじゃないか」
「あれはそうして当たり前じゃっ。リアル志向の『木彫りの熊』とか、嫌がらせか!」

 この世界にもあるんだ、それ。
 うん。ネタとして定番だけど、兎向けのチョイスではないね。
 兎向け……兎向けか。

「――ギル、光の精霊さんにレタスをあげてみて下さい」

 私は、コソッとギルに耳打ちした。
 精霊の村では調達はできないということで、二週間分くらいの食料をギルの亜空間に入れてきてもらっている。調理しなくても食べられるものということで、パンとそれに挟む具材。果物に素焼きのナッツ等々。どの具材とも相性の良いレタスは、多めに三玉用意してあったはず。

「レタスでいいのか?」

 ギルが不思議そうな顔で、亜空間を手で探る。
 その反応からして、この世界の兎はレタスを好まないのだろうか。
 だとしたら気位の高い光の精霊を、逆に怒らせてしまう? そ、それはまずい。

「それが手土産じゃと?」

 光の精霊が、ギルの手の上にあるレタスにムスッとした顔をする。
 あわわ。見た目で判断してはいけなかった。

「はっ。こんな粗末な植物で、この高貴なワシが喜ぶとでも――美味ぁぁぁい!!」

 前言撤回。見た目は重要。
 すごい勢いでモシャモシャ食べてる。お気に召したようで何よりです。
< 51 / 106 >

この作品をシェア

pagetop