トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
「はぁはぁはぁ……」

 息が切れるほど、森の中を全力疾走する。
 まったくデタラメに走るよりはと、一応闇の祠が見えた位置を目指してはいるが、何せそこは別空間という話。

(でも、マップの範囲に入れば、ギルが開けた闇の領域への入口が見えるはず)

 そこに入れば、ギルが私に気付いてくれる可能性が高い。
 そう信じて、がむしゃらに走って、走って――

(あった!)

 その先で私は、何でもない景色の場所にポツンと表示される、場所移動アイコンを見つけた。
 木々の隙間を縫うように行き、ひたすらその場所を目指す。

(あれだっ)

 微妙に景色が歪んだ空間を目視でも確認し、私は歓喜した。

「――え?」

 途端、何故か足が地面から浮いた。
 次に、空が見えたと思った。

「あぐっ」

 思った瞬間に、地面に背中を打ち付けていた。
 そして――

「追いかけっこは終わりだ」

 空は、『敵』に覆われていた。

「カ……シム……」

 カシムの左手が、私の右肩を地面に縫い付ける。
 私は彼に引き倒されたことを知った。今、組み敷かれているということとともに。
 初めて会った日に見た、冷たい緑の瞳が私を見下ろしている。

「思わぬところで会えたものだ。私は運が良い」
「……っ」

 あの日とは違う狂気を孕んだ声に、私は身震いした。
 「運が良い」に込められた意味は、やはり『お前を殺せる機会が来て』だろうか。

「……竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)があったとしても、ギルがあなたの手に負えるとは思えない」

 カシムの歪んだ笑みに(ひる)みそうになるのを、奥歯をグッと噛んで耐える。
 下半身はカシムに馬乗りにされているため、思うように動かせない。自由な左手で隙を狙って……そう意識したのが悪かったのか、カシムに先手を打たれた。私の抵抗は彼に軽くあしらわれ、両手首を取られて頭上で纏められる。
 腹立たしいことに、私の両手はカシムの左手のみで簡単に拘束された。

「どのみち魔王が消えるというなら、足掻くしかあるまい。今更、魔物にいなくなられては困る。もしそうなったら、今日の食卓に何が並ぶ? 明日は? 獲物もそうだが、火を(おこ)すための油だって魔物から採れる物だ」
「オプストフルクトには、魔物素材に頼らなかった歴史がある。そしてその知識は失われていない。技術も、一部の人間はきっとそのまま使ってる」
「仮にそんなものが在ったって、知ることができなければ無いのと同じだ。王都で使われている文字は、イスカのものと違う」
(文字……王家は、そうやって知識を独占しているわけね)

 カシムが右手で、()いていた短剣を鞘から抜く。この距離で殺すつもりなら、長剣よりそちらになるだろう。彼は短剣を逆手に持ち替えた。
 抜き身の切っ先を前に、どうしてか短剣の柄から下がった紐飾りに目が行った。
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