トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

魔界へ帰ろう計画

 食事の内容は、驚くほど普通の洋食だった。
 使っている材料こそ聞いたことのない野菜やら肉やらだったが、見た目と味はごく普通のステーキ定食だった。奇声を発したり紫の煙を上げたりなんてことは、最後までなかった。それどころか、魔王城の食卓に上がるのは毎回、人間の一般的な食事らしい。
 そこに至ったきっかけは、本来の姿では満足行く量の食料確保が困難で、人型なら少量で腹が膨れるのではというギルの思いつきだとか。で、ドンピシャな効果を得られたギルは早速シナレフィーさんにも勧めて、以来二人は省エネのために日常的に人型を取っているのだという。
 ファンタジーにおいて人型の魔王は珍しくないが、皆が皆ギルのような切実な理由でないことを願う。ちなみにギルの種族は、古代竜(エンシェントドラゴン)とのこと。そりゃあ食料の確保が難しいだろう。正体を見なくとも相当大きなことは、容易に想像がつく。
 コトッ
 食事が終わり、リリが食後の紅茶を出してくれる。人数分を並べ終えると、彼女は着席する私たちを残して退室した。
 私の隣にギルが座り、ギルの前にシナレフィーさん。シナレフィーさんの隣には、予想通り美人(清楚系!)の彼の奥さんが座っている。食事の前にミアという名だと紹介された。
 食事の席は、やたら長いテーブル――ではなく普通の四人掛けテーブルだった。貴族的なあれの実物を一度見てみたかったので、少し残念だ。

「サラが召喚されたときの話だけど、その時にオーブを見なかったか?」

 ギルは紅茶を一口飲んだ後、私にそう聞いてきた。
 私は今回の食事の際に、自分があの場にいた事情をギルに話していた。
 異世界から来たなど信じるだろうかと心配だったが、まったくの杞憂。「俺たちも魔界からこっちに来ているしな」とあっさり信じてくれた。言われてみれば、ごもっともである。
 ちなみに今回の食事中にした会話は、その話題のみだ。ギルとシナレフィーさんの見事な食べっぷりに、呆気に取られているうちに終わってしまっていた。

「んー……」

 私は目を閉じて、召喚された時のことを思い起こした。

「あった……かも」

 目を開け、ギルに頷いてみせる。
 召喚された部屋の中央、台座の上にそれはあったと思う。
 勇者だ魔王だと聞いてすぐピンと来るくらいには、私はゲーム好きだ。オーブが丸い宝石を指すなんて常識中の常識。私が見たあれで間違いないだろう。

「やっぱりそうか。あれは元々俺たちが、こちらの世界に渡る時に使用したものだ。サラが異世界から喚ばれたというから、そうじゃないかと思った」
「オーブの所在がわかったのは、朗報ですね」
「ああ。触媒の方は渋い結果だったが、一番の問題だったオーブの(あり)()がわかったというのは、大きな前進だな」

 嬉しそうに話すギルと、やっぱり無表情のシナレフィーさんが頷き合う。

「そうだ、サラにも話しておく。俺たちは今、魔界に帰る計画を立てている」

 既に紅茶を飲み終わったらしいギルが、私の方に身体ごと向き直って言う。
 私は自分のカップに口をつけながら、彼の方を見た。椅子の背に片腕を掛けたギルは、だらしないどころかそれがまた格好いい。イケメンは得である。

「オプストフルクト――ああ、この世界のことな。ここに魔族たちを連れて来たのは、先代の魔王なんだ。当の本人は勇者と呼ばれる人間に殺されてもういないし、だったら俺が魔界に引き上げても構わないだろうと思って。そんなわけで、俺が魔王に()いた日から準備を始めたわけなんだけど、そこで勇者が『転移のオーブ』を持ち去ってたことに気付いたんだ。参ったよ」
「オーブもですが、宝物庫も根こそぎやられてましたね。炎竜(ファイヤードラゴン)の奥方のために貯め込んだ財宝だったと聞いた時は、さすがに多少は同情しました」
「あー……」

 溜息をつく二人に、私は苦笑いを浮かべた。

(私もラスダンは隅々まで歩いて宝を集める派です、申し訳ない!)

 そして心の中で手を合わせた。

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