トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

夫婦円満の秘訣

「じゃあ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい、ギル」

 魔王城の前庭で、私は今日も精霊の村に出掛けていったギルを見送った。
 ギル一人で彼の地に通って、十日ほどになる。結局、闇の精霊の(ほこら)は破壊されていた。風と水の祠を修繕したギルは、今は行方不明になった闇の精霊を捜索している。

(……今日も、三秒無かった)

 精霊の村から戻って以来、ギルのキスは軽く触れるだけのものに変わってしまっていた。
 この十日間、一日一回ギルは魔王城に必ず立ち寄ってはくれるが、態度はどこかよそよそしい。目が合った時には、気まずいという顔を彼はしていた。
 私はギルが触れた唇を、そっと指で撫でた。
 ギルの態度がおかしくなったきっかけは――

「やはり妙ですね」
「ひゃあっ」

 あの日を思い返そうとしたところで急に話し掛けられ、私は跳び上がった。
 振り返れば、腕を組み考え込むシナレフィーさんの姿が。いつからそこにいたのか、まったく気付かなかった。

「妙って……」

 ギルの態度のことだろうと思いながらも、シナレフィーさんに聞き返してみる。
 ここのところギルは、一日数分しか滞在していない。城周辺の見回りをしているシナレフィーさんはタイミングが合わず、今日ギルを見たのは十日振りになるはずだ。それで「やはり」と言うからには、十日前に既に思うところがあったのだろう。

「それで、何がありました?」

 私の表情から説明は不要と見て取れたのか、シナレフィーさんがすぐに本題に入ってくる。

「ギルの様子が変わったのは……カシムを強制送還させてからです」

 シナレフィーさんは、精霊の村から戻ってきた直後の私たちと会っている。その時の私の格好から、攻撃を受けた――カシムと遭遇したというのは想定の範囲内だったのだろう。直ぐさま、「ああ」という納得行ったという感じの返事がきた。

「陛下がカシムを強制送還ですか。へぇ、珍しいですね。陛下が人を殺すなんて」
「え? カシムは……死んだんですか?」

 寧ろ私の方が、想定外の切り返しをされて戸惑う。
 私は、あの時ギルに「カシムは死んだ」と言われると身構えていた。だから、その台詞が来なかったことに、少なからずホッとしたのだ。

(でも、そう。ギルの台詞に違和感はあった)

 ギルがカシムを攻撃する前の、ツッチーの焦りようを思い出す。それから、隠された視界の外で悶絶していたカシムの声も。
 あの時、私は確かに思った。まるで断末魔のようだと。
 無意識的に、片手で胸を押さえる。
 もうあんな怖い目に遭わなくていいのなら、それは良いことだ。でも――

「強制送還されたなら、死んでますね。勇者の一族は、死ぬと教会で復活するらしいので」
「……ん?」

 何か今、聞こえた。
 殺すとか死ぬとかの話題にそぐわない、こう軽い感じの何かが。
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