トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
「――ギル。あの時、私はカシムに殺されました」

 私の第一声で、そわそわと落ち着きなかったギルの身体がピタリと静止する。

「ギルの結界が守ってくれたけど、それが無かったらカシムの短剣は、間違いなく私の喉を突いてた」

 今も耳に残る、結界が短剣を弾いた音。
 終わったはずの命が、繋がった音。
 そして今は、ギルが息を呑んだ音が聞こえた。

「だから私がカシムを殺したいと思ったと願ったら、幻滅しますか? ――あっ」

 尋ねた途端に、ガシッと両腕を掴まれる。驚いた拍子に腕が緩み、私はギルから引き剥がされた。

「そんなわけない。そう思って、当然だ」

 頭上からギルの声が降ってくる。私は反射的に顔を上げた。
 ギルの両側にいた『私』たちは、いつの間にか消えていた。

「もしそのことで私が、ギルの力を当てにしたとしても?」
「勿論だ。その方が良い。俺を幾らでも頼ってくれ」

 真っ直ぐに私を見る深い青色の瞳に、私が映る。

(あ、こういうの久しぶり……だな)

 思わず見入ってしまい、次いで我に返って恥ずかしくなる。
 顔が()()るのがわかる。けれど、ようやくこちらを見てくれたのだ、ともすれば逃げようとする自分の目をどうにか彼に留めた。
 所在無くしていた両手を、ギルの胸に当てる。
 それから私は、敢えて不安げな表情を作ってみせた。

「それは、間違っていないこと?」
「ああ。間違っていない」

 力強い、迷いのない声。
 ハッキリと言い切ったギルに、私は今度は作り物ではない自然な笑顔になれた。

「それなら、良かった。私がギルに、そうさせてしまったから」
「え?」
「ギル。私の代わりに、カシムを殺してくれてありがとう」
「⁉ サラ、それは――もがっ」

 何かを言い掛けたギルの口を、シナレフィーさんが素早く塞ぐ。
 素早過ぎて、ガツッという音がした。……あ、ギルが若干痛そうな顔でシナレフィーさんを睨んでる。わざとガツッとやった確率五割以上と推測。

「こういった場面では相手の言葉に乗ってあげるのが、夫婦円満の()(けつ)です。――と、以前、ミアに言われました」

 素知らぬ顔でシナレフィーさんが言って、ギルから手を放す。
 解放されてもギルの口からは、「ぐぬぬ」という呻き声しか出て来なかった。そりゃあシナレフィー&ミア夫妻に夫婦円満について説かれたら、説得力半端ないでしょう。寧ろ説得力しかない。わかる。

「折角です、秘訣ついでにこのまま『午睡の添い寝』に行って下さい」
「何さらっと無茶振りしてるんだっ」
「添い寝……いいな」

 ギルの大声に、私の小声が被る。

「えっ……いいな?」

 ついポロッと言ってしまったそれは完全に声量が負けていたはずなのに、いつもの如くギルの耳にはしっかり届いていた。
 聞き返してきたギルに違うとは言えない。かといって、面と向かって「はい」と答える度胸も無い。私は無言で、コクッと頷いてみせた。

「いいんだ……」
「私が勧めたのは添い寝です、陛下」
「何で念を押す。余裕で添い寝できる。俺の理性はダイアモンドだ」
「燃えたら一瞬で灰ですね」
「い、今すぐオリハルコンにアップグレードする。大丈夫だ」

 この受け答えは、本当に添い寝をしてくれるということだろうか。
 つい期待の眼差しをギルに向けてしまう。

「――やばい、アップグレード完了前に灰になりそう……」
「別にそちらでも秘訣に変わりはないですが」
「シナレフィー、お前はもう黙れ」

 べしっと、ギルがシナレフィーさんの顔面に張り手する。さっきの仕返しだろうな、今のは。
 その手でギルが、城内へ繋がる通路を指差す。

「よしっ、午睡に向かうぞ。サラ!」

 そして彼は、とても昼寝をしに行くとは思えない気合いの入った台詞とともに、私の手を引いて歩き出した。
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