トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
 カコン
 私は、今通った壁を半回転させた。

「トム、ヤン、クン。こっち」

 念のため小声で、私以外の潜入組メンバーを呼び寄せる。
 三体の魔物は全員足音一つ立てずに、スルリと向こうからこちら側へ渡ってきた。
 狼(幼体)、猿(ピグミーマーモセット似)、鳥(ずっしり体型)。ちゃんと呼んだトムヤンクンの順で、私の側にやって来る。
 名前については無かったので、僭越ながら私が付けさせてもらった。本人たちは喜んでいたが、今後は名付けの親は辞退させていただきたく存じます。センスが迷子なものですから。
 にしても、この潜入組メンバーの桃太郎感は一体。そういえば桃太郎も、ようは財宝を強奪する話だったか。私は敵を退治はしませんよ、こっそり行きます。

『我らだけでは、このような抜け道、到底見つけられませんでした。妃殿下のお力は、本当に素晴らしい』

 トムが立派な尻尾を振って賞賛してくれる。「ありがとう」と彼の顔を両手でワシャワシャし、それから私は開けたままだった壁を元に戻した。
 潜入組メンバーで念話(テレパシー)が使えるのは、狼のトムだけ。結界の隙間を入れる小柄な魔物となると、比例して保持魔力も下がってしまうためだ。
 元々魔物とのいざこざが多い土地であるイスカは、なかなか強固な対魔物結界を張っているよう。昨日は私の辞典の話が纏まった後、イスカへの侵入についてもお茶の間会議がなされた。
 シナレフィーさんの案は破壊一択だったので、即却下させていただいた。当初の予定であったギルの案は、一部に穴を開けるというもの。音も無くパコッと開けられるらしい。スパイ映画あたりに出て来た、丸く硝子を切って侵入する的なイメージを勝手に思い浮かべてみた。
 ただそれをすると、修復はできないらしい。魔物がすべて魔界に帰るわけではない以上、今後の村の安全を考えてその案は避けたいのが本音。
 泣く子も黙る魔王の案としては、実に穏便だと思う。けれど、それでもそんな手段でオーブを奪還しては、折角作った辞典を読んでもらえないかもしれない。
 というわけで、最終的に魔物でない私と小型魔物に任せてもらった。

(ギルはそろそろ引き上げたかな?)

 すれ違うのは無理だろうなという幅の通路を行きながら、竜の姿で空にいた彼を思い出す。あまり刺激してもまずいので、程々に驚かせて引き上げるという作戦だったはずだ。

(結局、私までギルを働かせているよね……)

 出会った当初からギルは忙しくしていたので、今までは特におかしいとは思っていなかった。けれど今回部下にちゃんとした命令を出していたギルを見て、よく考えてみれば魔王自ら計画に奔走しているというのは妙な話なのではと、気付いてしまった。
 でもってそれについてギルに質問したことで、何故彼が部下に任せないでいたのかを知ることができた。
 端的に言えば、原因は『魔物は単純な命令しか理解しない』という特性にある。例えば魔物の目の前に花畑があって、そこでこれと同じ花を探せというのは可能だが、どこそこまで出向いて探せというのはアウトらしい。
 なるほど、ゲームで魔王に「勇者を殺せ」と命令されている魔物が、偶然遭うまで襲って来ない理由はこれか。「探し出して殺せ」は難易度が高いと。……いや、真相はわからないが。
 一方、魔物より知的な種族になる魔族なら、複雑な命令も理解してくれる。が、こちらはただでは働いてくれない。魔界に帰りたいという同じ目的を持っていてさえ、働かない。友情より報酬というシナレフィーさんが良い例だ。
 それなら魔族たちに報酬を用意すればいい……という簡単な話でもないようで。やれ生娘の生き血が欲しいだの、子供の目玉が欲しいだの。ギル的に頷けないものばかり要求されたとか。ギルの苦労が忍ばれる。
 ギルからトムヤンクンに出された命令は一つ、『サラの命令を聞くこと』。これ自体には私の護衛は含まれていない。なので、都度私の方から別途護る命令を出すようにと、出掛けにギルに念を押された。
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