トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
「ご指示通りエリスを森に置いて来ましたが、本当に良かったのですか?」

 声の主は、壮年の男性のように感じられる。
 息を潜め、ミニマップを確認する。階段付近、ゲストを示す白いマークが二つ見えた。
 彼らの目的はこの部屋ではないようで、二人とも階段付近で立ち止まっている。単に会話をする場所として、利用しに来たのかもしれない。所謂、密談という奴をしに。

「以前より活発ではないとはいえ、森には未だ徘徊する魔物も多い。カシムは間に合いますかね」

 そう距離も無い上、向こうは油断しきっているのか普通の声量なので、その内容は筒抜けだ。

(カシム絡みで何かあったの?)

 どうやらイスカでは、ギルの件とは別に何かが起こっていたようだ。言われてみればギルが陽動しただけにしては、静か過ぎたかもしれない。

「別に間に合わずとも、そのときはやり直すだけだ」
「長。それは……いえ、そうですね」

 壮年の彼の相手は、もっと年上で老年の男性に感じられた。『長』と呼ばれたくらいだ、予想は当たっていると思う。
 聞き耳を立てながらふと下を向けば、私に倣ってじっとしているトムとヤンが目に入る。そう動かないでいると、ぬいぐるみみたいで可愛い。

「聖堂の人員は?」
「五名当たっています。今のところ例の竜には攻撃の意思は無いようでしたので、そちらの人員にはその場で待機を命じています」
「それでいい。もし姿を現したなら逃すな」
「はい、そのように」
「ああ、そうだ。戻る前に、あの部屋からオーブを回収しておけ。近々ジラフ様がお見えになるという連絡があったのだ。お返しせねばならん」
「わかりました」
(オーブを回収⁉)

 まずい。その話の流れはまずい。
 隠し通路を通って来たこの階は、私がいる部屋で行き止まり。もしかしたら部屋に秘密の通路なんてものもあるかもだが、今から見つけ出してそこから逃げるというのは、現実的でない。
 マークの一つがその場に留まり、もう一つがこちらに向かってくる。

「通路が開いている?」

 壮年男性の戸惑った声が聞こえた。寧ろ今の今まで彼がそのことに気付かなかったのが、奇跡だった。彼の歩みが速くなる。

(まずい、まずいっ)

 こうなってしまえば、時間との勝負になる。私はオーブに駆け寄り、台座の上から取り上げた。
 ガシャンッ
 途端に降って来ましたは、鳥籠風の鉄製檻。
 そんなお約束は要らない。パズル要素以上に要らない!

「侵入者が罠に掛かったのか⁉」
「トム、ヤン。近くに来て」

 私は直ぐさま小声で二体を呼んだ。
 幸い鉄格子の間隔は狭くなく、人は無理でもオーブは通せる。私は傍まできたトムの口にオーブを銜えさせた。

「トムはそれを持って、そこの窓から出てギルに渡して。ヤンはクンのところまで戻って、クンと一緒に脱出を」

 トムとヤンそれぞれに指示を出す。
 トムならこの部屋にある本棚や机などを踏み台に、十分窓まで辿り着けると思われる。
 ヤンはあの通路の幅なら壁をジグザグに上れるだろう。クンはずっしりしていても鳥なので、窓まで飛べる。

(この場合、足手まといは私だけよね)

 どうやら少しばかり華麗にオーブ奪還とは行かなかったようだ。ここまでの仕掛けは私が解いたので、それとこの失態とで差し引きゼロにしていただきたい。
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