トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
「ところでさ、カシム。ここで悠長に僕と話してていいの? 今頃、イスカの村は大変かもよ。あそこは王都と違って、本物の精霊の加護で魔道具を動かしてるからさ。村中の施設が機能してなかったりして」
「どういうことだ⁉」

 思考の海に沈んでいた俺は、ジラフの耳を疑うような発言で一気に引き上げられた。
 立ち上がって伸びをしたジラフを見上げる。

「精霊の不安定は、魔王側にしか影響が無いという話じゃなかったのか⁉」

 まるで世間話でもするかのように軽く言った彼に、俺は最早、言葉遣いすら取り繕うことを止めていた。

「僕は、『人工精霊がいるから人間側は生活に影響は出ない』って言っただけだよ。人工精霊の恩恵が無い場所への影響までは、知らないね」
「! ジラフ、貴様――あぐっ」

 ドガッ
 立ち上がろうとした俺はジラフから強烈な足蹴のカウンターを食らい、床に転がった。

「ぐ、はっ」

 腹を踏みつけられ、ジラフを睨む。
 笑いながらそうしただろうと思っていた。だが俺を見下ろす彼の顔からは、先程までの笑みが嘘のように消えていた。

「目障りなんだよ」

 底冷えのする濃紅色の瞳が、静かな怒りに揺らめいていた。

「目障りなんだよ、イスカはさ。精霊の村を出たくせに、精霊と繋がりがあるなんて。特別なのは、僕だけでいい。僕の血だけでいい、そうあるべきなんだ」
「う、ぐ……っ」

 腹に乗せられた足に、ジワジワと体重を掛けられる。冷たい瞳は変わらないままに、ジラフの口角だけが上がる。

「ああ、そうそう。村がそうなっちゃったからさ、エリスがとばっちりを受けちゃっているみたいだね」
「⁉」
「魔物がウヨウヨする森で、縄に縛られての放置だよ。しかも縛られている支柱が例の石碑! 誰の案だろうね、その演出。ウケる」
「! あいつら――エリス‼」

 既にジラフの歪んだ笑みなど、目に入っていなかった。俺の意識の一切が、エリスへと向かう。

「カシムがちゃんとした勇者になっていたら、あんな目に遭わずに済んだのに。可哀想だね、エリスは」
「貴様らの皮肉などどうでもいい! そこを退けっ」
「おっと、勇ましいね。さすがは勇者様だ。いいよ、ついでに可哀想な彼女に免じて、イスカまで送ってあげる。感謝しなよ」

 ジラフが俺に乗せていた足を持ち上げる。
 その次の瞬間、ジラフの姿は消え、代わりに俺の前にはイスカの門が現れていた。
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