トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
(エリスは無事なのか⁉)
イスカの西に広がる森を直走る。村の上空に魔王が現れたようだが、それどころではない。
「くそっ、もっと早く動けっ」
怪我でままならない足を叱咤しながら、上手く呼吸ができない胸を手で押さえながら、懸命に走る。――竜殺しの剣が鎮座した、あの忌々しい場所へと向かって。
『カシムがちゃんとした勇者になっていたら、あんな目に遭わずに済んだのに。可哀想だね、エリスは』
笑いながらそう言った、ジラフの顔を思い出す。
自分以外の『特別』である俺がこうして無様に走ることで、今頃あいつは多少は溜飲を下げているのかもしれない。
(やけに静かだ。魔界への帰還が近いのか?)
魔王がイスカに現れたのは、転移のオーブを狙ってのことだろう。
魔王との力の差は歴然だった。誰が向かおうと奴を止めるのは不可能だ。
(もう、それでいいのかもしれない)
イスカの村が立ち行かなくなると思い行動した結果が、これだ。エリスを害する村のために、どうして尽くす必要がある。このままエリスを連れでどこか遠くへ行けばいい。
(初めから、そうしていれば良かった)
召喚した異世界人を殺し損ねたあの日、噂を聞きつけたエリスは明らかにホッとした表情を見せていた。異世界人が死ななければ自分の身が危ないことを知りながらも、だ。
十年前の火事のときも、そうだった。火に呑まれた家の二階にいた彼女は、助けに来た俺に対し、先に隣の家の子供を助けるよう頼んできた。
構わずエリスを助けようとした俺を見て、自ら火の海に入ろうとした彼女に心臓が止まりかけたことは、今でも鮮明に覚えている。十二だった俺よりさらに七も年下でありながら、彼女は大人びていた。
何とか子供を助け出し、エリスも助け出せたものの、怪我が元で彼女の片足は歩くことができなくなっていた。それなのにエリスは子供が助かったことに心から喜び、俺に礼を言った。そんな彼女に憂えることなく生きて欲しいと願うなら、やはり犠牲の上に成り立つ未来ではいけないのだ。
「――エリス‼」
開けた場所に出ると同時にエリスの姿を見つけ、俺は彼女へと駆け寄った。
石碑を取り囲む石畳の上、石碑に縛られたエリスがこちらを振り返る。彼女は申し訳なさげに、眉尻を下げた。
「そんな顔、お前がする必要なんてない」
エリスの傍で跪き、俺はその頬をそっと撫でた。顔に掛かった浅葱色の髪の一房を、耳に掛けてやる。それから俺は、エリスの状態を改めて確認した。
両手は自由なものの、胸の下から腰に掛けて幾重にも縄が巻き付けられている。ご丁寧にも縄は数本に分けられているようだった。すべての縄を順に切っていくしかない。
俺は佩いていた紐飾りの付いた短剣を抜いた。
「それ……私があげたものだね」
こんな状況だというのに、エリスが紐飾りを見て嬉しそうに笑う。
ギリッ……ギ……
魔物素材で作られた頑丈な縄に、短剣で切れ目を入れていく。手元が狂わないよう、慎重に慎重を重ねて。
ブツッ
やがて一本目の縄が外れた。
イスカの西に広がる森を直走る。村の上空に魔王が現れたようだが、それどころではない。
「くそっ、もっと早く動けっ」
怪我でままならない足を叱咤しながら、上手く呼吸ができない胸を手で押さえながら、懸命に走る。――竜殺しの剣が鎮座した、あの忌々しい場所へと向かって。
『カシムがちゃんとした勇者になっていたら、あんな目に遭わずに済んだのに。可哀想だね、エリスは』
笑いながらそう言った、ジラフの顔を思い出す。
自分以外の『特別』である俺がこうして無様に走ることで、今頃あいつは多少は溜飲を下げているのかもしれない。
(やけに静かだ。魔界への帰還が近いのか?)
魔王がイスカに現れたのは、転移のオーブを狙ってのことだろう。
魔王との力の差は歴然だった。誰が向かおうと奴を止めるのは不可能だ。
(もう、それでいいのかもしれない)
イスカの村が立ち行かなくなると思い行動した結果が、これだ。エリスを害する村のために、どうして尽くす必要がある。このままエリスを連れでどこか遠くへ行けばいい。
(初めから、そうしていれば良かった)
召喚した異世界人を殺し損ねたあの日、噂を聞きつけたエリスは明らかにホッとした表情を見せていた。異世界人が死ななければ自分の身が危ないことを知りながらも、だ。
十年前の火事のときも、そうだった。火に呑まれた家の二階にいた彼女は、助けに来た俺に対し、先に隣の家の子供を助けるよう頼んできた。
構わずエリスを助けようとした俺を見て、自ら火の海に入ろうとした彼女に心臓が止まりかけたことは、今でも鮮明に覚えている。十二だった俺よりさらに七も年下でありながら、彼女は大人びていた。
何とか子供を助け出し、エリスも助け出せたものの、怪我が元で彼女の片足は歩くことができなくなっていた。それなのにエリスは子供が助かったことに心から喜び、俺に礼を言った。そんな彼女に憂えることなく生きて欲しいと願うなら、やはり犠牲の上に成り立つ未来ではいけないのだ。
「――エリス‼」
開けた場所に出ると同時にエリスの姿を見つけ、俺は彼女へと駆け寄った。
石碑を取り囲む石畳の上、石碑に縛られたエリスがこちらを振り返る。彼女は申し訳なさげに、眉尻を下げた。
「そんな顔、お前がする必要なんてない」
エリスの傍で跪き、俺はその頬をそっと撫でた。顔に掛かった浅葱色の髪の一房を、耳に掛けてやる。それから俺は、エリスの状態を改めて確認した。
両手は自由なものの、胸の下から腰に掛けて幾重にも縄が巻き付けられている。ご丁寧にも縄は数本に分けられているようだった。すべての縄を順に切っていくしかない。
俺は佩いていた紐飾りの付いた短剣を抜いた。
「それ……私があげたものだね」
こんな状況だというのに、エリスが紐飾りを見て嬉しそうに笑う。
ギリッ……ギ……
魔物素材で作られた頑丈な縄に、短剣で切れ目を入れていく。手元が狂わないよう、慎重に慎重を重ねて。
ブツッ
やがて一本目の縄が外れた。