トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
「エリス、イスカの村を出よう。あの村はお前を害する。俺の咎がすべてお前に向けられてしまう」
エリスが、二本目、三本目と外していく俺の手元を無言で見つめる。
四本目が最後の縄。俺はそれに短剣の刃を当てた。
「私は……行けない」
「! どうしてだ?」
思わず縄を切る手を止め、エリスの顔を見る。
かち合ったエリスの緑の瞳が一瞬揺れて、けれどそれが俺から逸らされることはなかった。
「水車は動かない、食料庫はネズミが大量発生、資材倉庫は湿気ってほとんどが駄目。長が機能を回復させるには、人工精霊の力を借りないといけないって。だから、ジラフ様の機嫌を損ねる真似は、これ以上できないって」
「いいんだ、もう! イスカもジラフも関係の無い場所へ行くんだ」
短剣を持たない方の手で、エリスの肩を掴む。
エリスを見つめる。
エリスも俺を見つめる。
けれど、そうした彼女は次には首を左右に振った。
「村には私を庇ってくれた人たちも、たくさんいたの。見捨てられない……」
「そんなもの」と開き掛けた口を閉じ、そのままグッと奥歯を噛む。エリスが言い出したら聞かないことなんて、身に染みるほど知っている。
「それにほら、私は足も不自由だし」
「お前一人くらいなら、おぶってどこまでだっていける」
こう返したところでやっぱり首を振るだろうことも、俺は嫌と言うほど知っていた。
「……勇者の一族なんかじゃなければよかった」
結局、口から出たのは、ただの弱音で。俺はそれ以上は口を噤んで、最後の縄を切る手元に集中した。
「私は勇者の一族で良かったと思ってるよ」
プツリと縄が切れたと同時に、それまで黙って見ていたエリスが口を開く。
「知っているんだから。昔、村の聖堂で目が覚めたことがあったでしょ? でもって、最近じゃ王都の教会に復活拠点を移したのよ。私にバレるとまずいから」
ぎょっとして顔を上げた俺の鼻先に、エリスが人差し指を当ててくる。不意打ちであからさまに狼狽えてしまった俺に、彼女はしてやったりといった顔をしていた。
「弱くは無いけど強くもないことなんて、知ってるんだから。生き返るだけで他は平凡なんだって」
「それは……」
痛い所を突かれ、エリスをつい恨みがましい目で見てしまう。
仕方ないだろう。先祖が伝説になっていたって、俺は普通に田舎暮らしをしていただけだ。
「そんな平凡なくせに、勇者カシムはいつだって私のことばかり」
すっかり固まってしまっていた俺に向かって、エリスが両手を伸ばしてくる。
その仕草はあまりに自然で。
だから俺は、
「でもそれは今度から、お兄ちゃんのお姫様になる人にしてあげてね」
だから俺は彼女が何をしたのか、理解が遅れた。
「…………は?」
俺に伸ばされたエリスの手は、片方は俺の手に添えられ、もう片方は俺の背中に。
何てことはない。エリスが甘えてくるときは、いつだってこんな感じだ。
いつだって、こんな感じで抱き着いてきて。そう、これはいつものそれで。
それなのに――
「エリ、ス……?」
どうして、
どうして俺の胸でなく短剣を持つ手の方に、彼女の身体の重みを感じるのか。
どうして、
今日はずっと晴れているのに、俺の手が濡れているのか。
『一族の犠牲を代償として、私は勇者の資格を得る』
誰かの声が聞こえた気がした。
いつかここで聞いた、『誰か』の声が。
「う、あ……あぁ……あ……」
俺の肩に乗せられた、エリスの顔。
耳元で大きく吐かれていたはずの彼女の息が、段々と小さくなっていく。
「エリス、エリスっ!」
短剣から手を離し、両手でエリスを抱き止める。
エリスの髪が、俺の頬をくすぐる。俺と同じ浅葱色をした、髪が。
エリスを抱き締める。
強く。
強く。
エリスもまた、俺の背を抱き締めた。彼女の爪が、食い込むほどに。
「お兄……ちゃ……ごめ…………ね」
ごめんね?
何が?
何を?
何、
何、
何。
「あ、あ、あ……ああああぁあああああああーーーっ!!」
そしてエリスの腕は――――俺から離れた。
エリスが、二本目、三本目と外していく俺の手元を無言で見つめる。
四本目が最後の縄。俺はそれに短剣の刃を当てた。
「私は……行けない」
「! どうしてだ?」
思わず縄を切る手を止め、エリスの顔を見る。
かち合ったエリスの緑の瞳が一瞬揺れて、けれどそれが俺から逸らされることはなかった。
「水車は動かない、食料庫はネズミが大量発生、資材倉庫は湿気ってほとんどが駄目。長が機能を回復させるには、人工精霊の力を借りないといけないって。だから、ジラフ様の機嫌を損ねる真似は、これ以上できないって」
「いいんだ、もう! イスカもジラフも関係の無い場所へ行くんだ」
短剣を持たない方の手で、エリスの肩を掴む。
エリスを見つめる。
エリスも俺を見つめる。
けれど、そうした彼女は次には首を左右に振った。
「村には私を庇ってくれた人たちも、たくさんいたの。見捨てられない……」
「そんなもの」と開き掛けた口を閉じ、そのままグッと奥歯を噛む。エリスが言い出したら聞かないことなんて、身に染みるほど知っている。
「それにほら、私は足も不自由だし」
「お前一人くらいなら、おぶってどこまでだっていける」
こう返したところでやっぱり首を振るだろうことも、俺は嫌と言うほど知っていた。
「……勇者の一族なんかじゃなければよかった」
結局、口から出たのは、ただの弱音で。俺はそれ以上は口を噤んで、最後の縄を切る手元に集中した。
「私は勇者の一族で良かったと思ってるよ」
プツリと縄が切れたと同時に、それまで黙って見ていたエリスが口を開く。
「知っているんだから。昔、村の聖堂で目が覚めたことがあったでしょ? でもって、最近じゃ王都の教会に復活拠点を移したのよ。私にバレるとまずいから」
ぎょっとして顔を上げた俺の鼻先に、エリスが人差し指を当ててくる。不意打ちであからさまに狼狽えてしまった俺に、彼女はしてやったりといった顔をしていた。
「弱くは無いけど強くもないことなんて、知ってるんだから。生き返るだけで他は平凡なんだって」
「それは……」
痛い所を突かれ、エリスをつい恨みがましい目で見てしまう。
仕方ないだろう。先祖が伝説になっていたって、俺は普通に田舎暮らしをしていただけだ。
「そんな平凡なくせに、勇者カシムはいつだって私のことばかり」
すっかり固まってしまっていた俺に向かって、エリスが両手を伸ばしてくる。
その仕草はあまりに自然で。
だから俺は、
「でもそれは今度から、お兄ちゃんのお姫様になる人にしてあげてね」
だから俺は彼女が何をしたのか、理解が遅れた。
「…………は?」
俺に伸ばされたエリスの手は、片方は俺の手に添えられ、もう片方は俺の背中に。
何てことはない。エリスが甘えてくるときは、いつだってこんな感じだ。
いつだって、こんな感じで抱き着いてきて。そう、これはいつものそれで。
それなのに――
「エリ、ス……?」
どうして、
どうして俺の胸でなく短剣を持つ手の方に、彼女の身体の重みを感じるのか。
どうして、
今日はずっと晴れているのに、俺の手が濡れているのか。
『一族の犠牲を代償として、私は勇者の資格を得る』
誰かの声が聞こえた気がした。
いつかここで聞いた、『誰か』の声が。
「う、あ……あぁ……あ……」
俺の肩に乗せられた、エリスの顔。
耳元で大きく吐かれていたはずの彼女の息が、段々と小さくなっていく。
「エリス、エリスっ!」
短剣から手を離し、両手でエリスを抱き止める。
エリスの髪が、俺の頬をくすぐる。俺と同じ浅葱色をした、髪が。
エリスを抱き締める。
強く。
強く。
エリスもまた、俺の背を抱き締めた。彼女の爪が、食い込むほどに。
「お兄……ちゃ……ごめ…………ね」
ごめんね?
何が?
何を?
何、
何、
何。
「あ、あ、あ……ああああぁあああああああーーーっ!!」
そしてエリスの腕は――――俺から離れた。