トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
(勇者は落下してもへっちゃらの法則は、適用される……よね?)

 私は恐る恐る、出来たてほやほやの大穴を覗き込んだ。
 剣を持ったまま倒れているカシムは、ピクリとも動かない。

「死んでない……よね?」

 不安に駆られ、私は先程離したギルの手をまた握った。

「死んでいたら強制送還されるから、死んでないな」
「そういえば、そうでした」
「ダメージもそう無さそうだし、びっくりして気絶でもしたかな」

 びっくりするしない問題、再び。
 ギルの返事に、ホッと胸を撫で下ろす。いくら自分を殺すつもりで襲ってきた相手でも、こちらまで殺人者にはなりたくない。

「ん?」

 やはり動かないカシムの様子を見守っていた私は、ふと違和感を覚えた。

「え? え?」

 大穴を覗く私の視界に、映るべきものが映っていない。私の――足が無くなっていた。

「なんっ、何で⁉」

 私は地面に立っている。その感覚がある。有るのに、無い。
 呼吸が浅くなる。ふくらはぎが消え、今は大腿が半透明となって消えようとしていた。

「⁉ 探索蝶!」

 叫んだギルに、私はただ反射的に彼の視線を追った。
 そこにあった光景は、天井にびっしりと止まった、おびただしい数の赤い蝶。
 『失せ物探し用に飼育された魔物です。情報が伝達されたなら色が赤く変わるので、妨害は間に合ったようですね』
 それなら、妨害が間に合わなかったら?
 大腿が完全に消え、次に腰が半透明となって行く。
 ドクン
 心臓が一度、大きく跳ねた。
 探索蝶の作用が全身に回ったなら、私はきっと蝶の主の元に連れて行かれる。
 そのとき、もし私が何かを、誰かを手にしていたなら……?
 震える自分の手を見る。その手の先を見る。
 ギルを見る。

「サラ! 俺の手を絶対に離すな!」

 青ざめた彼の顔が目に入った。

(そっか。それが『答』なんだ)

 範囲は胸へと広がり、もう時間が無いことを示している。
 不意に、ポゥッとギルの身体が淡い光に包まれた。魔法陣が放っていたものとよく似ている。
 時間なんだ、私も、彼も。

「ギル……ギルガディス」

 ずっと呼んでいなかった、彼の正式名称を呼ぶ。
 何だかそれが幸せな響きで、


「――――『ハナキ』」


 私は、笑って彼の手を離せたと思う。
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