トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

人工精霊

 魔王城で意識を失い、次に目が覚めたときにはログハウスのような建物にいた。硬い木製のベッドに寝かされていた私を、金髪の少年が見下ろしている。

「やぁ、お目覚めだね。魔物は予定通り回収されたみたいだよ。置き去りにされちゃったね、お妃様?」

 楽しそうに話す少年の肩には、青い蝶が数匹止まっていた。

(この子が宮廷魔術士なの?)

 てっきり老人、そこまででなくとも中年と思っていたので面食らう。
 少年は肩の蝶に指を伸ばし、蝶が移ったその指を前方へと向けた。蝶が少年の指から離れ、ヒラヒラと私の方に向かってくる。しかし蝶は途中で引き返し、再び少年の肩に止まった。

「うーん、一ヶ月経ってもまだ駄目か。蝶ですら男は触れないとか、竜の執着心は相当だね」
「一ヶ月……?」

 私は上体を起こし、不可解なその言葉を(おう)()返しした。
 ギルの結界が「男は触れない」レベルに引き上げられたのは、オーブ奪還のときのこと。仮にここへ連れて来られて丸一日経ってたとしても、数日のはず。

「いいね、その訳がわからないって顔。そう、一ヶ月。経っちゃったんだよ、君が僕に攫われてから」
「え?」
「これを聞いても、まだ助けが来るって希望を持てる?」

 少年が赤い瞳を細めて笑い、ベッドの端に腰掛ける。彼と目線が近くなる。

「僕の一族の男に異世界人は大人気なんだ、君の取り合いは必至だね。ああ、君の世話を任せた女たちも皆僕の一族だから、情に訴えたところで無駄だよ? 彼女たちは、自分がどういう過程で生まれてきたのか知ってるからね」
「王家にいた、日本人の子孫……」

 私がそう呟くと、少年は「正解」とまた笑った。

「絶望した?」

 台詞にそぐわない、弾むような声で少年が言う。
 少年の周りを、青い蝶がヒラヒラと舞う。

(探索蝶……)

 今は青いこの蝶が、赤く染まっていた光景が蘇る。
 ギルの声に見上げた天井、密集した赤い蝶、消える私、消えようとするギル……。

(魔物は回収された。ギルは、ちゃんと魔界に帰れたんだ)

 何とはなしに、自分の手のひらを見る。
 ギルは計画通り、魔物を保護できた。彼自身も竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)の脅威がある世界から去ることができた。
 開いていた手を握り込む。指は、当たり前だけれど自分のてのひらに沈んだ。
 この手を離して正解だった。心からそう思えるほど、私は出来た人間じゃない。

「……絶望は、しないわ。だって、彼の手を離したのは、私なんだから」

 それでも強がりくらいは、言っておきたい。
 私の返事に、少年は口笛を鳴らした。
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