花火の音が鳴りやむまで 私はきれいなウソをつく
第八章 君が居なくなった日
…舞桜が死んでから、五日が経過した。
けれど俺は、まだその現実を受け入れられてはいない。
薄暗い部屋に引きこもったままの俺は、頭もこれでもかってほどぼさぼさだし、服もだらしないパーカー。
たまに部屋をのぞきにくる父さんに、死んだ目をしていると言われてしまった。
けれどもう、俺は死んでもいいと思っている。
それほど、舞桜が好きだった。
恋しかった。
「雲」と優しく呼んでくれるその声も。
ウソの笑顔じゃない、柔らかな笑みも。
怒りっぽいけど、優しい性格も。
泣きじゃくる姿も。
全部がすきで、好きで、たまらなかった。
もっと生きたいという舞桜を、拒んだのは俺なのに。
…舞桜が涙を流して死んでいったのは、俺のせいなのに。
冬休みはもうすぐ明ける。
舞桜が死んだことがみんなに知れ渡る。
そのとき俺は、どんな顔で居ればいいんだろう。
ああ、もう全部どうでもいい。
「…舞桜」
光を拒むカーテンが、ふわりと一瞬揺れた。
舞桜が愛した世界で、俺は生きられない。
舞桜なしでは…生きられない。
俺が舞桜を好きになったのは、シャボン玉を飛ばしたときだった。
あの無邪気な笑顔を、あの弾むような表情を、心の底から守りたいと思ったのが、きっときっかけだった。
…今でも思う。
家のチャイムが鳴って、舞桜が来てくれるんじゃないかと。
インターホンから、「雲ってば、どうせまた仮病でしょう?お片付けしにきたよ」と笑って言ってくれるんじゃないかと。
ドッキリ成功!とまたその無邪気な笑顔を向けてくれるんじゃないかと。
そんなことを、思ってしまうんだ。
ありえないことだと知りながらも、そうであってほしいと願わずにいられない。
何時間経過しただろう。
窓の外は夕陽が落ちていく寸前で、カラスがバカでかい声でぎゃあぎゃあ鳴いていた。
次の瞬間、ぶるっと何度かスマホが振動した。
…舞桜が死んでから、初めてスマホを手に取った瞬間だった。
瞬間、息をのんだ。
送られてきた相手の名前欄には、確かに、確かに舞桜という文字が書かれていたんだ。
「っ…」
俺は急いでスマホのパスワードを入力して、メッセージを開いた。
花火のアイコン。
まさしく、舞桜のアカウントだった。
震える指先で、【メッセージを読む】をタップしてみた。
【一月一日。二人でシャボン玉を飛ばした公園に行ってみて】
午後六時。
あたりはもうすっかり暗くなっているころ、俺はひとり、公園に足を踏み入れていた。
ザクッザクッと音が鳴る足音だけが、あたりに響いていた。
「…え」
一番はしっこのベンチの上。
確かにあの日、俺らが座ったベンチの上に、サイズがデカい封筒が、ぽつんと一つ置かれていた。
俺は急いで封筒を手にして、【雲へ。 水瀬舞桜より】と書かれてあることを読んでから、封筒を開いた。
中には、手紙が何通かと、舞桜が取った俺の写真や、花火の写真がたくさん入っていた。
俺は先に手紙を取り出して、震える手を押さえながら、下唇をかみしめてそっと開いた。
【雲へ。
これを読んでいるということは、きっと私はもうこの世にはいないんだろうね。なんて、よくありがちな内容になっちゃうな。
でも大切な話だから、そのまま読んでいてほしい。
先に言っておくと、これは雲と最後に通話したあとに書いたものだよ。
どうせ私はもういなくなってしまうのに、わざわざありがとう。
お金と努力、無駄にしちゃってごめんね】
しっとりとほほが濡れるのがわかる。
けれど俺はそれを拭いてから、もう一度その文を読んで、下へ下へと目線を移動させた。
【あのね!聞いて!クリスマスの日、窓からツリーのイルミネーションが見えたの!すごく、すっごく綺麗だった。
冬の花火、すごく綺麗だったよね。
あの日の最後は、わがまま言ってごめん。でもそれくらい、私は雲のことを愛してるってことだから、拗ねないでよね】
拗ねてなんか、ない。
ただ、あの時俺の理性は爆発しそうだったけどな。
【雲、意外と寂しがり屋だから、どうせ私がいなくなったあとは、家に引きこもったりしてるんでしょう。学校はちゃんと行ってよね。
あと、いろいろと迷惑かけちゃうかもだけど、みんなに言い訳は考えておいてね】
そこまで読んで、俺は次の紙に目を向けた。
【いままでありがとうなんて、言いたくない。ばいばいって、言うのも辛い。できることなら、また会おうとか、またねって言いたい。でも、もう私達には、またはないんだろうね。
雲はこれから、もっと成長して、もっと格好良くなっていく。
もしかしたら、結婚もするかもしれない。
そのとき、私のことが原因で、ダメになってほしくないの。
だから私のことは、これを読み終わった後は、忘れてほしい】
「そんなのできるわけねえだろ…」
俺は思わず吹き出しながら、涙を拭いてつぶやいた。
【私ね、雲の結婚式で、花嫁に、雲をよろしくねって伝えたいっていうのが、入院してからの夢だったの。
その前は、その花嫁が自分だったらなぁなんて思ったこともあったけど、そんな話照れくさくて、雲にはしてなかったね】
【手紙越しになっちゃうけど、実は私、雲が思ってるよりもずっと雲のこと、大好きだったよ。
暗い話になっちゃうけど、もっと生きられればって何度も思った。
もっと雲と一緒に居たいって、何度もつぶやいた。
一人は孤独だって、人生ではじめて思った。
…雲と結婚したかった。
子供も、生みたかった。
お母さんって呼ばれてみたかった。
仕事をしてみたかった。
雲がおじさんに、おじいさんになっても、ずっとそばで支えたかった】
俺も。俺だって、そうだよ。
舞桜がおばさんって呼ばれて怒ってるところとか、ばあちゃんみたいにしわしわになっても、俺が支えてあげたかった。
…あいつの心の救いになりたかった。
【私にはもう、明日はないけど。
今言える「ありがとう」と、「大好き」はここで全部言っておくね。
後悔しないように。
あー…でも、キスが一回だったっていうのも残念だったなぁ。
初キス奪われたの、ぜったい忘れないからね。
まあ、とにかく、ありがとう。大好き‼‼】
そこで途切れた文字。
最後には、【あなたの大好きな舞桜より】と書かれていた。
「…変な終わり方」
思わずつぶやいた言葉に、思わず笑ってしまった。
夜空が俺の目に映る。
「…愛してる……」
精一杯の言葉だった。
頬はまだ濡れていたけど。
確かに俺には、生きる希望ができた。
これもまるごと全部、舞桜のおかげだ。
だから、今だけ。
今だけ許してくれ。
【今だけは、泣いていい時間にしよう】
俺は声をあげて泣いた。
子供みたいに泣きじゃくった。
…空には花火が咲いていた。
【というか、今思い出したんだけど、私いっかい「絶対私を忘れないでね」って言ってたね(笑)
忘れないでくれてありがとう。でも私は笑顔で居てほしいな。
幸せになってね。絶対だよ??
そろそろ時間かな。
―私のために、泣いてくれてありがとう。】
END
けれど俺は、まだその現実を受け入れられてはいない。
薄暗い部屋に引きこもったままの俺は、頭もこれでもかってほどぼさぼさだし、服もだらしないパーカー。
たまに部屋をのぞきにくる父さんに、死んだ目をしていると言われてしまった。
けれどもう、俺は死んでもいいと思っている。
それほど、舞桜が好きだった。
恋しかった。
「雲」と優しく呼んでくれるその声も。
ウソの笑顔じゃない、柔らかな笑みも。
怒りっぽいけど、優しい性格も。
泣きじゃくる姿も。
全部がすきで、好きで、たまらなかった。
もっと生きたいという舞桜を、拒んだのは俺なのに。
…舞桜が涙を流して死んでいったのは、俺のせいなのに。
冬休みはもうすぐ明ける。
舞桜が死んだことがみんなに知れ渡る。
そのとき俺は、どんな顔で居ればいいんだろう。
ああ、もう全部どうでもいい。
「…舞桜」
光を拒むカーテンが、ふわりと一瞬揺れた。
舞桜が愛した世界で、俺は生きられない。
舞桜なしでは…生きられない。
俺が舞桜を好きになったのは、シャボン玉を飛ばしたときだった。
あの無邪気な笑顔を、あの弾むような表情を、心の底から守りたいと思ったのが、きっときっかけだった。
…今でも思う。
家のチャイムが鳴って、舞桜が来てくれるんじゃないかと。
インターホンから、「雲ってば、どうせまた仮病でしょう?お片付けしにきたよ」と笑って言ってくれるんじゃないかと。
ドッキリ成功!とまたその無邪気な笑顔を向けてくれるんじゃないかと。
そんなことを、思ってしまうんだ。
ありえないことだと知りながらも、そうであってほしいと願わずにいられない。
何時間経過しただろう。
窓の外は夕陽が落ちていく寸前で、カラスがバカでかい声でぎゃあぎゃあ鳴いていた。
次の瞬間、ぶるっと何度かスマホが振動した。
…舞桜が死んでから、初めてスマホを手に取った瞬間だった。
瞬間、息をのんだ。
送られてきた相手の名前欄には、確かに、確かに舞桜という文字が書かれていたんだ。
「っ…」
俺は急いでスマホのパスワードを入力して、メッセージを開いた。
花火のアイコン。
まさしく、舞桜のアカウントだった。
震える指先で、【メッセージを読む】をタップしてみた。
【一月一日。二人でシャボン玉を飛ばした公園に行ってみて】
午後六時。
あたりはもうすっかり暗くなっているころ、俺はひとり、公園に足を踏み入れていた。
ザクッザクッと音が鳴る足音だけが、あたりに響いていた。
「…え」
一番はしっこのベンチの上。
確かにあの日、俺らが座ったベンチの上に、サイズがデカい封筒が、ぽつんと一つ置かれていた。
俺は急いで封筒を手にして、【雲へ。 水瀬舞桜より】と書かれてあることを読んでから、封筒を開いた。
中には、手紙が何通かと、舞桜が取った俺の写真や、花火の写真がたくさん入っていた。
俺は先に手紙を取り出して、震える手を押さえながら、下唇をかみしめてそっと開いた。
【雲へ。
これを読んでいるということは、きっと私はもうこの世にはいないんだろうね。なんて、よくありがちな内容になっちゃうな。
でも大切な話だから、そのまま読んでいてほしい。
先に言っておくと、これは雲と最後に通話したあとに書いたものだよ。
どうせ私はもういなくなってしまうのに、わざわざありがとう。
お金と努力、無駄にしちゃってごめんね】
しっとりとほほが濡れるのがわかる。
けれど俺はそれを拭いてから、もう一度その文を読んで、下へ下へと目線を移動させた。
【あのね!聞いて!クリスマスの日、窓からツリーのイルミネーションが見えたの!すごく、すっごく綺麗だった。
冬の花火、すごく綺麗だったよね。
あの日の最後は、わがまま言ってごめん。でもそれくらい、私は雲のことを愛してるってことだから、拗ねないでよね】
拗ねてなんか、ない。
ただ、あの時俺の理性は爆発しそうだったけどな。
【雲、意外と寂しがり屋だから、どうせ私がいなくなったあとは、家に引きこもったりしてるんでしょう。学校はちゃんと行ってよね。
あと、いろいろと迷惑かけちゃうかもだけど、みんなに言い訳は考えておいてね】
そこまで読んで、俺は次の紙に目を向けた。
【いままでありがとうなんて、言いたくない。ばいばいって、言うのも辛い。できることなら、また会おうとか、またねって言いたい。でも、もう私達には、またはないんだろうね。
雲はこれから、もっと成長して、もっと格好良くなっていく。
もしかしたら、結婚もするかもしれない。
そのとき、私のことが原因で、ダメになってほしくないの。
だから私のことは、これを読み終わった後は、忘れてほしい】
「そんなのできるわけねえだろ…」
俺は思わず吹き出しながら、涙を拭いてつぶやいた。
【私ね、雲の結婚式で、花嫁に、雲をよろしくねって伝えたいっていうのが、入院してからの夢だったの。
その前は、その花嫁が自分だったらなぁなんて思ったこともあったけど、そんな話照れくさくて、雲にはしてなかったね】
【手紙越しになっちゃうけど、実は私、雲が思ってるよりもずっと雲のこと、大好きだったよ。
暗い話になっちゃうけど、もっと生きられればって何度も思った。
もっと雲と一緒に居たいって、何度もつぶやいた。
一人は孤独だって、人生ではじめて思った。
…雲と結婚したかった。
子供も、生みたかった。
お母さんって呼ばれてみたかった。
仕事をしてみたかった。
雲がおじさんに、おじいさんになっても、ずっとそばで支えたかった】
俺も。俺だって、そうだよ。
舞桜がおばさんって呼ばれて怒ってるところとか、ばあちゃんみたいにしわしわになっても、俺が支えてあげたかった。
…あいつの心の救いになりたかった。
【私にはもう、明日はないけど。
今言える「ありがとう」と、「大好き」はここで全部言っておくね。
後悔しないように。
あー…でも、キスが一回だったっていうのも残念だったなぁ。
初キス奪われたの、ぜったい忘れないからね。
まあ、とにかく、ありがとう。大好き‼‼】
そこで途切れた文字。
最後には、【あなたの大好きな舞桜より】と書かれていた。
「…変な終わり方」
思わずつぶやいた言葉に、思わず笑ってしまった。
夜空が俺の目に映る。
「…愛してる……」
精一杯の言葉だった。
頬はまだ濡れていたけど。
確かに俺には、生きる希望ができた。
これもまるごと全部、舞桜のおかげだ。
だから、今だけ。
今だけ許してくれ。
【今だけは、泣いていい時間にしよう】
俺は声をあげて泣いた。
子供みたいに泣きじゃくった。
…空には花火が咲いていた。
【というか、今思い出したんだけど、私いっかい「絶対私を忘れないでね」って言ってたね(笑)
忘れないでくれてありがとう。でも私は笑顔で居てほしいな。
幸せになってね。絶対だよ??
そろそろ時間かな。
―私のために、泣いてくれてありがとう。】
END