夜にしか会えない魔女は夜がキライ
…とは言ったものの。 


「やばい、めちゃくちゃ緊張して来た…!」 


大会開会式が終わって自分の出番までまだ少しある、この時間はストレッチしたりウォーミングアップしたりこれからのレースに向けて準備するんだけど… 


ずっと心臓がバックンバックンしてる。

もう心臓が飛び出しそうなんだけど。


お、落ち着かな過ぎる…!


わぁぁーーーっ 

苦しい!なんか息苦しい!!


息ってどーやって吸うんだっけ!?

どのタイミングで吐くものなんだっけ!?


わかんなくなっちゃう…!


「…っ」

大会が行われてる隣のグラウンド、みんな真剣な顔して自分のレースに備えてる。


あたしも、ちゃんとしなきゃ。

あたしも…!


「はぁ~…」

よしって気合いを入れてみたものの、一瞬で消えて立ってる気力さえもなくなってその場にしゃがみ込んだ。練習用グラウンドの隅っこで膝を抱えて顔を伏せて。

なんで毎回こうなんだろ、走るのは好きなのに大会!って言われると急にプレッシャーが…


「…穂月がいないからだ」


穂月の魔法がないから。

いつも大事な日の前は穂月に魔法をかけてもらってた。


目を閉じて、そっとおでこに口づけてくれるあの穂月の魔法が。



いつもあたしに勇気をくれるあの魔法が。
 


“緋呂は穂月のこと、どう思ってる?”



穂月にはあたしがいないとって思ってた。


あたしが穂月を連れ出してあげないと、あたしがいろんなものを見せてあげないと、あたしが手を引いてあげないとって思ってた。

だから心の奥では可哀想だなんて思ってたんだ。


だけどね、本当はあたしの方なの。


穂月がいないとなんにもできないのはあたしの方なの。


穂月がいるから朝起きるのが楽しみで。

今日は何話そうって考えて、どんなささいなことでも笑い合って、今日もうれしかったって目を閉じるの。



それがあたしにとっての1番のしあわせだよ。




穂月といる時が1番好きだから、たとえ夜しか隣を歩けなくても。
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