夜にしか会えない魔女は夜がキライ
「朝見!」

頭の上からした声に顔を上げる。

あ、これはずっとこうしてるわけにはいかないやつ。

「練習!1回走っておくように、レース前に慣らしておいた方がいい」

「…はい」

顧問の大原先生に軽く怒られた。

そりゃそうだよね、これから大会だって言ってるのにちぢこまって何してるんだって話だよね。


そうだ、走らないと!

走って気を紛らわしてっ…


これから走るのに走って気を紛らわすってよくわかんないけど、自分でも何言ってんのかわかんないけど!!


でも走るしかないし、とりあえず…っ


「朝見!こっち空いたから!」

「はいっ」

すくっと立ち上がって呼ばれた方に一歩踏み出した。

だけどずっとしゃがみ込んでたから、急いで呼ばれた方へ行かなきゃって気持ちとバクバク言ってる心臓の音で気持ちが焦って…


「痛っ」


勢いよく踏み込んでしまった。

「朝見っ、大丈夫か!?」


右足の裏からくるぶしにかけてギュンッて痛みが走る…















「捻挫ね」

「と、巴先生~~~~っ!」

救護班として来ていた巴先生の冷静な一言が胸に刺さる。

捻挫?
え、捻挫?? 


今捻挫って言った!?


「この足じゃ…走るのは無理だと思うよ」

「そんなことないです!走れますあたし大丈夫です!!」

薬品の匂いがする救護室はまだ始まったばかりの大会で使ってる人は他にいなかった。

パイプ椅子に座らされ応急処置でぐるぐるって包帯を巻かれて、やばいめっちゃケガ人だこれ!

「朝見、無理はしたらよくない」

「大原先生…」

「これは中学最後の大会だけど朝見にとっては最後の大会じゃない。まだこの先もある、だから今回は」

「走れます!巴先生に手当てしてもらったしもう全然痛くないので!」

「朝見!ここで無理して今後に響くことほど大きいものはないから」

「……。」

そんなの…
これだって大きいことなのに。

ずっとがんばって来たのに。

「だから今日は諦めるんだ」

ずしんって肩が下がった、おもりが落ちて来たみたいに。

こんなに簡単に終わっちゃうなんて思ってなかった。

もっと気を付けて立ち上がるんだった。

レース前だったのに…


“陸上出来なくなったらどうするんだ”

あたしは何ひとつできない。

最後だったのに。
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