大嫌い、なのに抗えない。〜冷酷警視との子づくり契約婚〜


「すみません九原先生、あのバトン取っていただけますか?」
「はい、任せてください」
「ありがとうございます」


 九原は左腕を伸ばし、軽々とバトンを取ってくれた。
 その姿に燈里は何だか違和感を覚える。

 バトンが置かれていたのは九原から見て、右手側だった。
 右腕を伸ばせば取りやすかったはずなのに、九原は敢えて左手を伸ばした。

 九原は右利きのはずだ。箸を持つ手もハサミを持つ手も右手だったと記憶している。


(もしかして、右手を挙げられないの……?)


 燈里の中で生まれた違和感は、気のせいなのかもしれないと思った。
 だけど何故か無視できなかった。
 違和感と同時に燈里の心臓がドクンドクンと昂っていく。


「……」
「満咲先生?どうかしましたか?」
「……あ、いえ。その、もしかして右腕を怪我されているのかなと思って」
「え?」
「だって右腕を伸ばした方が近いのに、わざわざ左腕を伸ばしておられましたので」


 そういえば、夢の父を掴んだ時も左腕を使っていたことを思い出す。
 体を交差させることになるのに、わざわざ左腕を伸ばしていた。


「ああ、よく気づきましたね。実は二年前から右腕が上がらないんです」
「二年前から、ですか?」
「ええ、ちょっと油断してしまいましてね」


 燈里の心臓の音はどんどん大きくなっていく。それと同時に言いようのない焦燥感に襲われる。
 頭の中で警報が鳴る。


「撃たれたんですよ――あなたの兄に」

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