大嫌い、なのに抗えない。〜冷酷警視との子づくり契約婚〜


 嶺士は何も言わない。せめて何か言って欲しい。
 嶺士の顔を見るのが気まずくて、顔が上げられない。

 するとかぷり、と耳を甘噛みされた。


「ひゃ……っ!?」
「あ、すまない……つい」


 つい噛み付きたくなるってどういうこと!?と問い質したいが、敏感な耳を刺激されて言葉にならない。


「夢かと思った……君に愛されることは諦めていたから」


 ほとんど表情の変わらない嶺士が、口元を手で押さえる程喜びが溢れ出ていた。


「嶺士さん」
「好きだ、燈里。ずっと前から燈里だけを愛していた」


 抱きしめ返されながら、直球な愛の言葉が紡がれる。
 それは燈里がずっと聞きたかった言葉であり、聞くのが怖かったことでもあった。

 喜びと幸福の花を咲かせる中、燈里はある言葉が引っかかる。


「ずっと前、ですか……?」
「やっぱり覚えていなかったか。朝晴の葬儀で会うよりも前に会っているんだが」
「あっ!お兄ちゃんに忘れ物を届けた時ですか?」


 朝晴が忘れた書類を届けに、初めて警視庁を訪れた。
 ついでにお弁当も一緒に届けようとおにぎりを握ったが、気合いを入れすぎて作りすぎてしまった。
 せっかくなら兄がお世話になっているお礼ということで、他の刑事たちにも差し入れた。

 思えば、その中に嶺士の姿もあったような気がする。

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