お茶と妖狐と憩いの場
 私は空砂さんが開けた障子の方へ向かう。こちらは縁側になっている。人通りもあるだろうけれど、外がどうなっているかは確認できるはずだ。一番近くにあった引手に手を掛けると、そっと左へずらした。
「………誰もいない」
 私は左右を見渡す。目の前には美しい庭があった。客人はさぞかし喜ぶだろう、そう感じる程の庭にも今手入れをする者は誰もいない。逃げるつもりはないけれど、屋敷がどういう造りなのかを調べておきたい。一先ず右側へと進む。手首の鎖が音を立てないように、そっと握り締めて歩いた。
 角に差し掛かると、良い匂いが漂っている事に気づいた。朝食か、将又結婚式で出される食事だろうか。この先に進めばきっと誰かがいるのは確かだけど…。
(戻りましょう……)
 私は下手をしてしまう前に戻ることにした。後ろを振り返り歩こうとしたところ「結望様、どうされましたか?」と鬼族の女性に声をかけられた。桜色の艶やかな長い髪の毛に、スルッと上に伸びる角、そして麗しい顔立ちに私は圧倒された。自分よりも高い身長で、自然と目線も高くなる。
「あ……、えっと……」私はどう言い訳するかを考える。「すみません……、お手洗いに行きたくて」
 咄嗟に出てきた言葉に女性は、見た目の美しさとは裏腹に愛らしい表情でぽん、と掌を叩いた。
「かしこまりました。案内致しますね」
「え、えぇ……ありがとう」
 女性はにこやかに微笑むと、厠があるらしい方へ向かい歩き始めた。私は特にお手洗いの気分ではなかったが、そのまま大人しくついて行った。
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