お茶と妖狐と憩いの場
「狐、速度合わせられるか」
「……やるしかないわ。だって、結望が待っているんだもの」
 深守はそう言うと、先程まで意識がなかったらしい、まだ意識がはっきりしていない想埜へ声をかけた。「想埜ちゃん、行くわよ」
 折成は三人を見据えると、また里の方へ走り出した。なんだかんだ無事に合流出来てよかった、折成は後ろを必死についてくる深守に対して安堵した。
(とはいえ若干おぼつかないようだが……大丈夫か?)
 ただ、きっと妖葬班も黙ってはいない。絶対に追いかけてきているのは確かで、いつ追いつくか時間の問題だった。それまでに結望だけは助けないと、彼女は“怪物”に妊娠させられてしまう。
 急げ、急げ、急げ急げ急げ――折成達は木漏れ日の中を疾走した。
 

 私は高砂に腰を下ろすと、隣の夫となる男性の方へ視線を移す。だけど、そこに居るはずの長の姿が朧気で、自身の瞳が霞んでいるのかと目を疑った。
(一体どういう事……?)
 気配は感じるのに存在が確認できないなんて、そんな事があるのだろうか。お母様も、お祖母様も、同じことを経験しているの…? 何が何だかわからない空間に飲み込まれそうになりながら、私は必死に平常心を保つ。
 目の前には三つの杯が並んでいる。これから夫婦となる者達が杯を交わす夫婦杯が行われる。見えない夫が一杯目を飲むのが確認できた。上役達の視線がこちらへ集中している。私も恐る恐る杯に口を付けると、一杯目を喉へと流し込んだ。
「――っ!」
 その瞬間違和感を覚えた。これ以上杯を交わしてはだめだ、そう脳の司令を受ける。両手で持った杯が小刻みに揺れた。
 早く来て、皆…これ以上は、耐えられないかもしれない。
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