お茶と妖狐と憩いの場
***

 暖かな風と柔らかい草花に包まれて、深守は一人ぽつんと立っていた。
 ここが天国なのか何なのかは不明だが、現実世界で無いことは誰だって理解出来る。
 だけど――。
(……遂に死んじまったのかしら、アタシ)
 景色を眺めると、そう考えるのが妥当だった。
 中途半端なまま、彼女を置いて行ってしまった。深守は花を踏まないように――と、細心の注意を払いつつも無意味に歩き回る。どうしたものか、不安感を振り払おうとするもどんどん募るばかり。終いには「あぁっ」としゃがみ込んで頭を抱えてしまった。
「アタシ……、結局結望に何もしてやれなかった……」
 紀江の事を守れず、結望も危険に晒してしまった。
 まさか最後の最後であんな事になるとは思わなかった。結果結望を救えたのは良かったけれど、盃を交わしてしまった直後の精神に干渉するとは思いもしなかった。
 空砂の能力は記憶を奪うだけでは無かったのか。己の確認不足に、結望が酷い目に遇ってしまった。
 これも自分の甘さが招いた事。
 もっとああ出来たのではないか、こう出来たのではないか、考え出したらキリがない。
 そう考えると、あのまま結望の元から立ち去れたのは最善だったかもしれない。自分がいる限り、彼女を苦しめるだけだから。早い段階で居なくなれたのは、彼女の未練も少なく済む。

 そして、自分も――。

 深守は溜息を吐いて、着物の袖を摘むと、心底落ち込んだ。


「――……じゅ」
 目を閉じてその場で蹲っていると、聞き覚えのある愛らしい声が聞こえてきた。
「……深守、さん」
「…………貴女、は……」
 顔を上げると、長い髪の毛を風になびかせながら、こちらを見ている女性が立っていた。
 太陽の光――か近しいもののせいか、影になっていたけれど、それが誰なのかひと目でわかる。
「紀江、ちゃん……?」
 深守は立ち上がると、間違いなく彼女が目の前にいた。そして彼女がいるという事は、自分は間違いなく死んだのだ。ここは、死後の世界というやつだ。
 ――あぁ、本当に情けない。深守は視線を下の方へ逸らした。
「深守さん」紀江は呼びかける。「……深守さん、顔を上げて」
「アタシ……は、アンタと話せる事はないよ」
 さっさと立ち去ろうと後ろを振り返る。
 だけど、紀江は深守の手を掴んで離さない。
「待って……っ! ……もう、深守さんったら…久しぶりにお話できるのよ?」
「ひ、人違いよ……」
「まっ! 深守さんってそんな事言う人だったかしら? ねっねっ、結望の事も沢山聞きたいのよ。お願い!」
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