お茶と妖狐と憩いの場
 紀江は昔と変わらず、子供のような無邪気さで、掴んだ手をぶんぶんと振った。
 そんな彼女に嫌とも言えず、改めて紀江の方を向き直す。
「ふふふっ深守さん」真正面で嬉しそうに笑いながら、紀江は深守との再会を喜んでいた。

「――ねぇ、最近のあの子はどう?」
「……凄く良い子よ。アンタと同じでね」
「あら、褒め上手なんだから」
 二人は花畑をゆっくりと歩きながら、のんびりと世間話をする。紀江は深守の言葉に頬を赤らめると、ぱたぱたと手で顔を仰いだ。
「……そういえば、結望って蛙が苦手よね」
「ふふ、あの話かい? そうさねぇ……季節的に全然いないから気にしてなかったけど、あの子……大の苦手だったわね」
 思い出して、つい綻んでしまう。
 泣き声が聞こえて駆けつけてみれば、着物の衽付近に蛙が引っ付いていて泣いていた。幼い結望からしたらかなりの大きさで、余計に怖かったのだろう。深守は蛙を逃がすと、そのまま結望を抱きかかえてあやしたのだった。
「私は蛙可愛くて好きよ?」
「ふふっ、確かに平気そうだったわね」
「私、結構何でも大丈夫なのよ」
 紀江は袖で口を隠しながら笑う。
 そして、そっと自分の腹部を手で包みながら、悲しそうに言った。
「結望は私が唯一お腹を痛めて産んだ子だから……ずっと一緒が良かったな」
「紀江ちゃん……」
「こんな風に他愛のない話をして、毎日楽しく過ごして、……それで結望の結婚式で化粧を施すの。……お相手は深守さんかも?」
「アタシ……っ!?」
「ふふふっ、有り得る話よ? ……愛して、愛して、ずっと、守ってあげたかった……。きっと、私達に生贄の使命がなかったとしても、この時代難しい事かもしれない。だけど、思い続ける事は出来た。大人になる結望を、傍で支える事は出来た。だから死にたくなんてなかったな」
 両手を弄りながら、紀江は深守の先を歩く。
 あくまで軽く、気楽に語る紀江の言葉に耳を傾けながら、深守は静かに頷いた。
「……あっ! あのね深守さん……、そういえば私……結望にも会ったのよ」
「結望に……?」
 深守はきょとん、と首を傾げる。
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