お茶と妖狐と憩いの場
 ――再会した時の事。
 紀江に口約束を結ばれ寂しげな彼女の背中を見送った時、深守は何か胸に引っかかるものを感じた。多分、紀江にとってはただの独り言で、本当に約束をした訳ではなかっただろう。
 しかし、深守は会いに行こうと思った。
 気持ち的にはお礼も兼ねたただの暇潰しで、興味本位だった。だけど、何となく、無視してはいけない雰囲気があった。
 とはいえ、ただ会いに行くだけでは面白くないと考えた深守は、狐姿ではなく、人間に化けて行ったら彼女は驚くだろう――そう考えて、とびきり派手な格好をした。普段は身軽さを考えて狐だが、性格的にもこの身なりはしっくりきたのだ。
 人気の少ない夜に、深守はふらっと古民家へ現れた。
 どんな反応をするかしら、などと呑気な事を考えていたけれど、その時見た紀江は思い詰めた様子で泣いていたのだ。深守に気づいた紀江は、手を伸ばして縋る。
 どうしたら良いのかわからず、勢いで抱き締めて、「大丈夫」と伝えた。

 あの時ぶりに彼女を抱き締めた。
 まだまだ幼かったあの時よりも少しだけ大人になった紀江に、深守は時の流れを実感する。だけど、温もりは全然変わっていなかった。此処では死んだ者も鼓動を感じられ、体温もしっかりと存在している。
 生きていたままの彼女がここにあった。
「それはこっちの台詞よ。……アタシは、アンタと、アンタの子のおかげで生きる意味を持てたの。愛を知れたの……ありがとう」
 自身の胸元で微笑んだ紀江の頭をそっと撫でる。
「ふ、ふふっ、何だか……昔に戻ったみたい」彼女もあの時のことを思い出したのか、つい笑ってしまうと口を抑えた。
「アタシも同じ事思ったさ。アンタは変わらないってね」
「それって子供っぽいってこと……?」
 紀江は頬を膨らませて拗ねる。
「アハハッ、そういうところがそうかもしれないわね」
 二人は昔みたいに笑い合った。
「――深守さん。名残惜しいけれど……、私は此処から立ち去るわ」深守の胸元からゆっくり離れながら紀江は呟く。
「私の可愛い可愛い愛娘をよろしくね。近くで見守ってあげてね」
「えぇ、勿論見守るわ」深守は頷く。
 紀江は嬉しそうに微笑むと、
「……あの子を愛してくれてありがとう。私達の大切な守り神さん」
 そう言って消えていった――。

「守り神……だなんて」
 また通り名が増えてしまったな……。深守は困った様に頬を掻いた。
 紀江がいなくなり、一人になって改めて考える。
 どれだけ結望を待たせているのだろうか――と。
 思っている以上に長い期間なのではないか、そう考えると、尚の事早く此処から出なくてはならない。目覚めなくてはならない。
「……待ってて頂戴、結望」
 ――今すぐ会いに行くからね。
< 142 / 149 >

この作品をシェア

pagetop