お茶と妖狐と憩いの場
「――深守、お茶を入れますが飲みますか?」
「ありがとう、頂くわ」
 私は部屋に入ると同時に用意した薪を炭の上に載せると、着火させる為に火打ち石をカツンカツンと鳴らした。仕事や家事をこなしていて囲炉裏から目を離しがちだとこの作業も度々起こる。少し大変だけれど、この時間も含めて私は日常…というものが好きなんだと思う。
 それに深守も興味深そうに火が灯るのを見守っていて、ある意味で、全部の作業を行えたのは機会に恵まれていた。
(ふふっ尻尾が動いてる)
「こうやって火を起こすの、懐かしく感じるのよね…」
「懐かしい…?」
「アタシ、普段人様の世話にはならないからサ。火を起こすなんて全然で……。…でも昔、少しの間だけお世話になった人がいてね。その人もお茶が好きだった。慣れた手つきで火を起こして、暖を取りながらゆったりと過ごす姿―――」
「………」
 深守の声は最後だけとても小さくて、聞こえなかった。だけど、懐かしむ深守の表情はあたたかくて、そして切なく感じた。
 ――囲炉裏でお湯を沸かしつつ、部屋が温まるのを静かに待つ。無事火も付け終わり、ぱちぱちと鳴る火花を耳に入れながら心地の良い時間を過ごす。
 私は持ってきた着物と裁縫箱を広げると、ほつれを直しながら時々深守の方を向いた。
 深守は私が座っている場所から見て左側の位置に腰を下ろしながら、火の番をしている。
「……そろそろお湯、良い頃かもしれないわね」
「あ、本当ですか?」
 私は裁縫を中断すると、傍に用意しておいた湯呑みに茶葉の粉末を入れた。
 その間にも深守が茶釜からお湯を取り出し、慣れた手つきで湯冷ましに適量を注ぎ込んでいる。
「…ふふ、ありがとうございます」
 これも昔の名残…なのだろうか。
 深守はまだ熱い湯冷ましを手に取って「あたたかい…」と呟く。
「火傷には気をつけてくださいね」
「ありがとう、でも気持ち良くて」
 なんとなく心配になって声に出していたが、全然大丈夫そうだ。深守は本当に寒がりなんだな、とクスッと笑う。
「…そろそろお茶に入れましょうか」
 少し冷ましたお湯を、改めて湯呑みに移し替える。ふわっとお茶の香りが溢れて心が落ち着くのを感じる。
「いい香りね」
「はい。どの種類のお茶も、それぞれの良さがあって大好きです」
 私は両手で湯呑みを持つと、そのまま口へ運んだ。ちょうど良くなった温度。苦くもなく、薄くもないこの味が一番好き。
「……やっぱり、この時間が身も心も落ち着きます。だけど、…度々寂しくなるんです。私、この家にはお世話になっているだけだから…。大切にされているのは十分に伝わるし、私も宮守の人達は大好き。なのに私は本当に此処にいてもいいのかなって…外に行っても居場所なんてないのに、そんなことが頭に過ってしまうんです」
「結望……」
 柄にもなくつらつらと出てきた言葉と、ぽろぽろと自然に溢れた涙に戸惑う。止めようと思っても止まらなくて、どうしたらいいのかわからなくなる。
「あっ、あれ? …ごめんなさい。そんなつもりなかったのに……っ…」
「――結望」
「ごめんなさい…。ごめんなさい深守…ごめんなさい…」
 私はは俯くと、袖で顔を覆う。呼吸が上手く出来なくてひくついてしまう。
 ずっと考えないようにしていたのに、昨日から不安で不安で仕方がない。自分の弱い心に嫌悪感を抱き、この感情になることも苦しくて。今蘇らなくてもいい、昔あった出来事まで思い出して、
「っ…怖い…」
 ――怖い。人が…怖い。
 恐怖でいっぱいになった。
「いや…。わ、私…っ…何も、何も考えちゃだめ……だめ、だから…」
「結望…! 大丈夫、大丈夫だから…! アンタはアタシが…、アタシが守ってみせる…!!」
 深守は私を包み込むようにぎゅっと抱き締めると、何度も何度も言葉を繰り返した。
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