お茶と妖狐と憩いの場
――結望は村人からよく虐められていた。身寄りがなく、日本離れした髪色と瞳。気持ちが悪いと罵られ、宮守以外の人とは全く交流をしなくなってしまった過去があった。酷い時には泥をかけられたり、髪の毛を引っ張られ切られたこともあったとか。それもあってか、結望は髪の毛を比較的短くしている。女性にとって髪は命。そう呼ばれる程大切なものだとわかっていての行為は、想像しただけで耐え難いものだ。
しかしここ最近、甘えてばかりではだめだからと、自分の力で生きる努力する為に外で働きたいと結望きっての頼みがあった。その結果は…想像通りだった。適当な理由を付けられ追い返されてしまったそうだ。大人になった結望にこそ、そこまで酷い態度をとる者はいなくなったが、視線は決していいものではなかったという。
――これは昨晩、結望が眠った後昂枝から呼び出され聞いた事。結望と話す時は細心の注意を払えと怒られたのだ。
アタシも聞いた時、とても苦しくなった。自分のような人ならざるものは力で何とかなっても、この子は普通の、ましてや人間の女の子だ。
一度壊れた心を戻すのは難しく、戻ったと思ってもどこかですぐパキンと折れてしまうような危うさがある。
それが今結望の心の中をぐちゃぐちゃにさせている。ずっと溜め込んでいたものが昨日の事件で限界を迎えてしまったんだろう。
(……謝るのはアタシの方。ごめんなさい結望…)
もっと早く駆けつけてやれなかった自分が情けない。怖がらせる前に、鬼族が来る前に…。でもそれを言い訳にはしていられない。これ以上結望を悲しませない為に“神様”がやれる事は沢山あるんだから―――。
「――…結望。必ずアタシが守るからね。絶対に守るから、裏切らないから…」
私の全身を覆いながら深守は呟く。
優しく慰めるように、だけど力強く。
「深守…ありがとう、ござい…ます…」
私は涙を拭いながら答える。
「いいのよいいのよ。神様に全てを委ねなさい。アタシはね…、アンタの為に此処に来たんだから」
「深守…」
出会ったばかりでまだわからないことだらけの狐さん。
だけど私をとても気遣ってくれて、村の人達のようなことはしない。
(この人は――宮守の人達みたいに信じても大丈夫なのかしら…)
息を整えて、目の前にいる深守を見据える。
「私…、強くなりたいんです」
「……」
「…深守、そのお手伝いを…してくれますか?」
「…えぇ、勿論」
深守は微笑むと私の涙を指で拭い、頭を撫でた。
「……お茶、入れ直しますね」
「…ありがとう」
もう一度この時間をやり直すように、湯呑みに大好きな香りを振りかけた。
(……取り乱しちゃったな)
少し落ち着いた瞬間、深守に申し訳ない事をしたと深く反省した。例え彼本人が気にしていなくても、私は気にしてしまう。
「さっきはごめんなさい…。…この一杯を飲んだら、また頑張ります」
なんて言うのが正解かはわからないけれど、私は意思表明をした。
自分のやるべき事、自分の弱さ。私はもっともっと頑張らなくてはならない。もう子供ではないし、甘えてなどいられないのだから。
深守は私を見つめるが、口元を緩めるだけで何も言わなかった。彼は静かにお茶を飲むと、また先程のように火の揺らめきを眺め始めた。
それから私達は何も会話をせず、ただ穏やかなひとときを過ごしたのだった――。
しかしここ最近、甘えてばかりではだめだからと、自分の力で生きる努力する為に外で働きたいと結望きっての頼みがあった。その結果は…想像通りだった。適当な理由を付けられ追い返されてしまったそうだ。大人になった結望にこそ、そこまで酷い態度をとる者はいなくなったが、視線は決していいものではなかったという。
――これは昨晩、結望が眠った後昂枝から呼び出され聞いた事。結望と話す時は細心の注意を払えと怒られたのだ。
アタシも聞いた時、とても苦しくなった。自分のような人ならざるものは力で何とかなっても、この子は普通の、ましてや人間の女の子だ。
一度壊れた心を戻すのは難しく、戻ったと思ってもどこかですぐパキンと折れてしまうような危うさがある。
それが今結望の心の中をぐちゃぐちゃにさせている。ずっと溜め込んでいたものが昨日の事件で限界を迎えてしまったんだろう。
(……謝るのはアタシの方。ごめんなさい結望…)
もっと早く駆けつけてやれなかった自分が情けない。怖がらせる前に、鬼族が来る前に…。でもそれを言い訳にはしていられない。これ以上結望を悲しませない為に“神様”がやれる事は沢山あるんだから―――。
「――…結望。必ずアタシが守るからね。絶対に守るから、裏切らないから…」
私の全身を覆いながら深守は呟く。
優しく慰めるように、だけど力強く。
「深守…ありがとう、ござい…ます…」
私は涙を拭いながら答える。
「いいのよいいのよ。神様に全てを委ねなさい。アタシはね…、アンタの為に此処に来たんだから」
「深守…」
出会ったばかりでまだわからないことだらけの狐さん。
だけど私をとても気遣ってくれて、村の人達のようなことはしない。
(この人は――宮守の人達みたいに信じても大丈夫なのかしら…)
息を整えて、目の前にいる深守を見据える。
「私…、強くなりたいんです」
「……」
「…深守、そのお手伝いを…してくれますか?」
「…えぇ、勿論」
深守は微笑むと私の涙を指で拭い、頭を撫でた。
「……お茶、入れ直しますね」
「…ありがとう」
もう一度この時間をやり直すように、湯呑みに大好きな香りを振りかけた。
(……取り乱しちゃったな)
少し落ち着いた瞬間、深守に申し訳ない事をしたと深く反省した。例え彼本人が気にしていなくても、私は気にしてしまう。
「さっきはごめんなさい…。…この一杯を飲んだら、また頑張ります」
なんて言うのが正解かはわからないけれど、私は意思表明をした。
自分のやるべき事、自分の弱さ。私はもっともっと頑張らなくてはならない。もう子供ではないし、甘えてなどいられないのだから。
深守は私を見つめるが、口元を緩めるだけで何も言わなかった。彼は静かにお茶を飲むと、また先程のように火の揺らめきを眺め始めた。
それから私達は何も会話をせず、ただ穏やかなひとときを過ごしたのだった――。