お茶と妖狐と憩いの場
「ふふ、無事に完成しました」
 私はぱちぱちと手を叩く。いつもやっていることなのに、特に充実していたように思う。
「そうね…。ちょいと心配だったけど、料理は楽しいってのを学んだわ」
 ほかほかのご飯を見ながら深守は言った。
「本当ですか?」
 私はなんだか嬉しくなり、バッと深守の方を向いた。
「えぇ、苦じゃなかったわ」
「それはよかったです」
「これも結望のおかげ…。かもしれないわね」
「…私?」
「ここは素直に受け止めときなさい。ね?」
 深守は私の頭にぽんっと手を置くと、目線を合わせて微笑んだ。私が大人しく頷くと満足したように尻尾を揺らしたものだから、嘘じゃないことに安堵した自分がいたのだった。
 ――お膳も運び終わり一段落した時、丁度良く玄関が開く音が鳴る。
「あ~、疲れた。…結望、狐。今帰った」
「…あ、昂枝。おじさんおばさんもお勤めご苦労様です」
 私は帰ってきた三人に会釈をする。
「ただいま結望ちゃん。お留守番ありがとうね」
「いいにおいだな。深守さんも手伝ってくれたのかい?」
「…えぇ、結望に教わりながら」
 深守は私を一目見た後、トントンと包丁を使う素振りをしてみせた。二人は「へぇ」と関心の声を上げる。
 そんな中、昂枝は私へ耳打ちするようにこっそりと「……何もされてないか?」と呟いた。
「…ほら、相手は神とはいえ男なんだぞ。何かあってからじゃ遅いからな」
 深守を一瞥すると、昨日と同じように警戒心を顕にした。
「あら、アタシが何だって?」
「げっ」
 深守は昂枝を覗き込む素振りを見せた後、腰に差していた扇子を取り出すと口元を隠した。笑っているが目元は笑っていない深守の表情に、昂枝はサァッと血の気が引いていた。
「何が『げっ』よ。アタシがそんなことするわけないでしょう。ねぇ? 結望」
「えっと、はい…」
「どっからどう見ても怪しい奴だろうに…。結望は警戒心が無さすぎるぞ」
「…あらヤダ失礼しちゃうわね。全く、狐の姿だったらよかったのかしら?」
「狐の姿ァ?」
 出会って二日目とは思えない程、彼らは仲良さそうに子気味よく会話を紡いでいく。
「あ…」
 聞いていて、ふと思い出す。この前見た狐のこと。私は咄嗟に「あの時の狐って…」と口に出していた。
 昨日言い出せなかったこと。一週間前に会ったあの狐は、あなた――?
< 20 / 149 >

この作品をシェア

pagetop