お茶と妖狐と憩いの場
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 一晩経ち気持ちが落ち着いた頃。そういえば今日、昂枝が改めてぬか漬けを取りに来ると言っていた事を思い出す。ぬか床から出して直ぐに食べられる状態にしておこう。それからまた考えれば良いのだ。と、想埜は冷たい水で顔を洗うと両頬をぱちんと叩いた。
「とりあえず、気合いを入れなくちゃ」
 大根を取り出すと一口大に切っていく。
 そうだ、一緒に漬けておいた野菜も準備しておこう。きっと昂枝のご両親も喜んでくれる。
 ――両親。そういえば、自分の両親は何処で暮らしているのだろう。そこに逃げ込めば事なきを得るのではなかろうか。
 だが、別れてから一度も会っていない事に気がついた。
 息子に秘匿だなんて、全く性格の悪い親だ。だけどもしかして、宮守の人は両親の今を把握していたりするのだろうか。
「…でも、聞き出して、此処を出たら…もう彼らとは会えなくなるのかな」
 従兄弟よりもそちらの心配をしてしまう。従兄弟は、きっと自分を追い掛けてくるから。特に海萊さんは。そんな感情は内にあるのに、肝心の理由が真面目に思い出せない。考えれば考えるだけわからなくなる。だって自分は“普通の人間”だから。
「人間…?」
 手が震え、持っていた包丁で指を切ってしまった。「痛っ」と声を上げてしまうくらいには切り傷は嫌な感触をしていた。滲む血を口に含み止血をしながら溜息を吐く。
 こんなので痛がるなんて、昨日死のうとしていたのが嘘のようだった。
「………」
 その時、ドンドンと戸口を叩く音がした。考え事をしていたせいか、恐怖で狼狽える。
「っ…誰!」
 想埜は声を荒らげ、そのにいる誰かを威嚇した。
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