お茶と妖狐と憩いの場
「…俺だ。宮守昂枝」
「あ、実は…笹野結望もいます…」
「昂枝…? 結望まで…?」
 そうだ。たった今まで昂枝に会う準備をしていたのに、どうして警戒してしまったのだろう。その声に安堵すると、静かに戸口を開いた。
 恐る恐る上を見上げると、そこには約束通り正真正銘の昂枝が立っていた。後ろにはちょこんと結望が佇んでいる。
「…お前」
「な、何かな!? あ、えっと、結望もおはよう! …ごめんね、びっくりしたよね…! ぬか漬けは今準備してる最中で…」
 自分は動揺を隠すのが苦手だと痛感する。目は泳いでいて昂枝を見れていなかった。手足をばたつかせ、近くにあった薪にまで突っ込んでしまう。
「いたた…」
「大丈夫…!?」
 結望が慌ててこちらへ駆けてくる。元々、自他共に認めるおっちょこちょいだとは思っていたが、今日のは特別酷く思えた。
 伸ばされた結望の手に甘え、支えられながら立ち上がる。女性に助けられるなんて情けがない。
「………」
「結望…?」
 結望は言葉を考えるようにぽつりぽつりと声にする。
「あ、あのね……私も、つい最近…同じような事があって。気持ち、わかるなって…思ったの」
 彼女は苦笑しながらこちらを見た。
「私も…次の日は動揺しちゃってて、家事、上手くできなかった。…もしかして想埜は、妖葬班…苦手?」
「結望」
 昂枝が結望の肩を掴む。震えながらも、結望はあくまでも冷静に言葉を紡ぐ。
「昂枝ごめんね…私は大丈夫。強くなるって決めたから」
「……」
「私も妖葬班…苦手。だって、罪の無い妖を殺すって、意味わからないじゃない…?」
「……よかった」
「え?」
「俺以外にも、妖葬班苦手な人…いたんだって、安心した…」
 大粒の涙が頬を伝う。“一人”じゃなかった。
 妖は何故殺されてしまうのか。日々恐怖心に駆られ過ごさねばならない苦しさ。
(どうしたらこの生活から開放される…?)
 何故本能的に妖葬班から逃げ出したいと思っているのか考えたくなかった。自分の中ではまだ認めたくないと拒否反応が起こっているけれど、きっとそういうことなんだと胸騒ぎがする。
 だけど両親が俺を一人にさせたのも、きっとそういう事。

 ―――自分が“妖”だから。

 でも目の前の結望だけには伝えられない。
 ――では昂枝は? 宮守の人間だ。彼は何も言わないがわかっている。わかっていて、引き受けているから。それが仕事だから。
 例え結望が妖葬班に苦手意識があるとしても、自分が妖とわかった瞬間この関係が崩れてしまいそうで怖い。信じたいけれど、そうでなかった時に逃げる場所を失ってしまう。想埜は両手を強く握り締めて考えた。
 普通の人間として答えなければ。
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