お茶と妖狐と憩いの場
「こんなの、誰も望まないわ。考え直して頂戴」
「……執拗い狐じゃ」
 力いっぱい掴んだ手は軽く払い除けられよろめいてしまう。鬼族の力は細かいところでも実力の差を見せつけてくる。
「貴様のような妖狐の中でも下位の者が何出しゃばっておる」
「っぐぅ…!」
 空砂はそのまま懐から短刀を抜くと、深守の右腕に突き刺した。
 舌打ちをする。負けじと扇子を叩きつけ、深守は小さく無数の傷を空砂に負わせてやった。互いに一歩も引かない攻撃を繰り返す。
 だがやはり鬼族は強い。動き、力、全てが深守よりも上だった。何度も何度も怪力を受け止めれば、その分己の体に響いた。それでも深守は必死に抵抗し続ける。
「がはっ…!」
 ドカンッ! と森の奥深くで鳴り響く衝撃音。木の幹にぶつかった深守は倒れ伏せ、息を荒らげながら顔を上げる。空砂を見据えると、ゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。
 決して、深守が弱いわけではない。深守は空砂の動きをちゃんと捉えて避け、隙を見つけては扇子に隠れる刃を突き刺しているのだから。
 気を抜いてはならない。気を抜けば殺される。こいつらの為に毎日鍛えてきたというのに、まだ対抗する程の力がないというのか。
「……たかが小娘ごときに馬鹿なことを」
「たかが小娘なんかじゃない…! あの子は…っアタシの中でとても、とても大切な人なのよ…!」
「ほう…まるで恋しているようじゃな?」
 空砂は深守の目の前まで来ると背中を踏みつけた。
「ばっ…かじゃない…。恋なんて生ぬるいもんじゃないわ……愛よ。アタシはあの子を心から愛してるの。それに……生きてる間に伝えなくちゃいけないことが山ほどあるんだから……」
「…ふん」
 そう鼻を鳴らすと、つまらなさそうに深守から離れた。そのまま踵を返すと、何事も無かったかのようにゆらゆらと帰って行ってしまう。
(……まさか…見逃した……?)
 呼吸を整えながら、ゆっくりと起き上がる。
 空砂が消えた方をしばらく見つめながらこの怪我をどうするか考えた。
 きっとこのまま帰れば結望は心配して、慌てふためくだろう。それを考えたら力を使って何食わぬ顔で帰った方がいい、この程度ならすぐに治せるのだから。だが、使わなくともそこまで完治に時間はかからないとも予測する。
 力はいざという時まで使わないと言ったばかり。
 なにより、
「…………そんなに力残ってない、のよね……」
< 45 / 149 >

この作品をシェア

pagetop