お茶と妖狐と憩いの場
***

「―――しんじゅ……っ!」
 がばっと布団を剥いで起き上がる。深夜、私は涙を浮かべながら目覚めた。
 深守が居なくなってしまう夢を見た。この一ヶ月ずっとそばに居てくれた彼が、跡形もなく消えてしまう夢。優しく『ごめんなさいね…』と呟いた深守を止めることができない。行かないで、と呼びかけても声が反響するだけ。何処にも居なくなった深守のことを記憶に留めておくことを許されず、どんどん思い出が抜け落ちていく恐怖。
 目覚めて、夢でよかったと安堵する。
 たった一ヶ月しか一緒にいないはずなのに、ものすごく寂しくて、苦しくて、辛い。
 私は婚約したばかりなのに。相手が誰だろうと結婚相手を無視して思いに耽けるだなんて、いけないことだとわかっているのに。

『―――これはアタシの結望に対する忠誠の気持ち』

 枕元に置いていた、彼から持った小さな笛を胸元で抱き締めるように握った。あんなことを言われ、唇まで落とされたら意識しない訳がない。
(私、深守のこと…)
 自覚をしたらだめだと言い聞かせたばかりなのに、考えれば考える程頭が深守で埋め尽くされていった。
 そういえば、深守は帰ってきただろうか。挨拶が終わったあたりから姿を見せず、夕飯だって深守抜きの三人で少し寂しさを感じた。
 一体何処で何をしているの…?
 遠くには行かないって言っていたのに、皆が寝静まったこんな時間まで帰宅しないなんて。
「まさか…」私は今さっき見た夢を現実に当て嵌めた。このまま帰ってこなかったらどうしよう。布団の横に畳んで置いていた彼の羽織を無意識に手に取ると、そのまま肩からかけて裏口へと走って行った。きっと、深守なら裏口を使う。森の中に足跡があれば間違いなく彼だ。
 探しに行く覚悟で外に出た。危険なのはわかっているけれど、いても立ってもいられなかった。
 そしたら目の前に、目を背けたくなる程血だらけの状態で帰ってきた深守がいたものだから、一気に涙が溢れ出し止まらなくなった。

「もう何処にも行かないで…。私だけの神様……」
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