お茶と妖狐と憩いの場
 これが唯一今話せること。それから――と、斜め上の天井を見上げ考える素振りを見せる。珍しく複雑な表情を見せながら、もう一度向き直して言った。
「結望……。ごめんなさい、一番重要なことは……まだ知らないでいておくれ。……然るべき時が来たら必ず話す。だけど、今結望に伝えるのは…気が引けてしまうのよ……」
 深守の手が私の両頬を包む。深守の体温を感じてまた目頭がジンと熱くなった。
 本当に伝えたいこと、きっと悪い話だということはなんとなく察した。だけど、今無理矢理聞いて深守を困らせても悪いし、私が冷静でいられなくなっても駄目だ。
 だって今の時点でもかなり焦っているんだもの…。
 これ以上迷惑をかけるのは論外だった。なら私が出来ることと言ったら、深守を信じることだけ。
「…ありがとう、深守。それだけで、十分……ありがとう」
 何も出来ない私の代わりに頑張ってくれる彼にお礼を伝える。だけど、自分の身体は大切にして…。あなたはあなた一人だけなのだから。
 嬉しそうに微笑む深守が私にとっての太陽みたいに見えた。

「―――お茶、持ってくるので安静にしてて下さい」
 布団を敷き、ぽんぽんと深守を催促した。ボロボロになった着物を預かり、代わりに寝巻に身を包んだ深守は渋々中へと入る。普通に考えれば今の時間寝ているはずなのだから、決しておかしなことではなかった。
 私はというと目が覚めてしまったので、お茶を入れて一息つこうとしている。
「寝てていいですからね。力を使わないなら今日くらいゆっくり寝て、英気を養って下さい」
「………わかったわ」
 深守が答えるのを確認すると私は急いで、だけど、皆を起こさないように部屋を飛び出した。

 深守は大人しく枕に頭を付けると、天井の木目を見ながら溜息をついた。
(体バキバキね…)仰向けだと背中の痛みが直で襲ってくる。とてもじゃないが寝られないと判断し身体を左に向けた。
 遣戸がしっかりと閉まっていない部分から月明かりが注ぎ込んでくる。
 こうして見てみると、蝋燭の灯りよりも月明かりの方が眩しく感じられた。
 月を見ながら思う。結望の誕生日までに何が出来るだろうか。
 本来ならば眠ってなんかいられないのに、結望の言葉に大人しく従って寝転んで。お茶を運んで来るのを待っているなんて。
「………“昔と変わらない”わね」
 深守は呟くと、そっと目を閉じた。
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