お茶と妖狐と憩いの場
***

 ―――ふと、気がついた。
「…ん……あれ………」
 深守はぼんやりとした視界を天井へ向けながら呟く。どうやら眠ってしまっていたらしい。身体は物理的にあちこち痛いが、結望の手当によりなんとかなっている。
 ゆっくりと自分の身を起こし、布団の足元の少し先にある畳をぼうっと見つめた。柄にもなくのんびりしてしまった為全く寝ぼけが取れない。
 そんな時、隣から「すぅ…すぅ…」と一定の律動で奏でられる可愛らしい音色が銀色の大きな耳に入ってきた。結望はあれから、ちゃんとお茶を用意して此処へ運んできたらしい。
 おぼんに載ったお茶がふたつ。冷め切ってしまっているが、減っていない方の湯呑みを手に取ると、口縁に唇を当てた。冷めていてもわかる茶葉の香りを堪能すると、乾いた喉を潤す為に一気に飲み干した。
(やっぱり、お茶はいいわね…)
 お茶を飲む度に懐かしさで溢れる。
 おぼんに湯呑みを戻すと、横で眠り続ける結望の頭を撫でた。
「そんなところで寝てたら風邪引くわよ」
 本人に聞こえないくらいの小さな声で呟く。羽織も被らずに、本当に寒さ知らずの子だ。いくら三月とはいえ、まだまだ夜は寒いのだから心配になってしまう。
 深守は布団を退かし結望の方を向くと、そっと身体を持ち上げて移動させる。
「んん…」と微かな声を漏らしたが、目覚めてはいないらしい。安堵しながら結望の上に布団を被せた。
「ゆっくりとお休み…」
 深守は呟くと、子供を寝かしつけるように布団をぽんぽんと鳴らした。
 本当は寂しがり屋で甘えたがりの結望。
 何も変わらなかった。この子はずっと、昔から変わらない。泣き虫で、すぐくっついて…。いい意味でお人好しな結望は、深守の中で昔を彷彿させた。
 だけどその分人一倍頑張り屋だから、宮守の人達にそれが出来なかった。自分が我慢して、頑張って。きっと昔、村人から意地悪された時も人前では泣かなかっただろう。幼馴染である昂枝にさえ甘えるのが苦手な彼女は、一人でいる時間こっそり涙を見せていたはずだ。
 この十二年の間、もっと早く結望に手を差し伸べることが出来ていたらどれほどよかったか、と今でも思う。
 だけど、“あの時”救えなかった命の意味を受け入れられなくて、絶対に守るべきこの子をどうしたらいいのか考える時間も足りなくて、ずっと動き出せなかった。
 なんて言い出せばいいのかいまだにわからない。知られずに守り切るなんて張り切ったこともあった。
 結望は絶対に知らない方がいい事。だけどそれは、結望の母である“紀江(きえ)ちゃん”の死を無駄にするような気がして行動に移せる自信がなかった。
 彼女は病死でも事故死でもない。

 ―――紛れもなく“鬼族に殺された”のだから。
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