お茶と妖狐と憩いの場
「…少しでもアンタの傍について、アンタを安心させてやりたいってキモチを大切にしなくちゃあね。まぁ…外の移動とか、そういう時は昂枝に任せてしまうかもだけど…」
 いずれは必ず来てしまう。だけど、妖葬班に見つかるまでの間は裏道だろうが堂々と歩くことは避けたい。見つかれば自分の使命を果たせなくなってしまう。そもそも、村からだいぶ離れていたとはいえ、森の中で争ってしまった直後でもある。尚更注意が必要なのは深守も十二分に理解していた。
 深守は扇子で口を隠すと、見えない敵を見据えた。睨みを利かせキッとなった切れ長の目は、恐ろしいはずなのにやはり美しい。
「―――おい、朝から何笑ってるんだ」
 深守の笑い声に誘われて隣の部屋からやって来た昂枝は、遣戸を開けながら仏頂面をしている。もしかして起こしてしまったのではないかと謝ろうとしたが、
「起きてたから気にするな」
 と声を発する前に私を遮ってしまった。
「おはよう昂枝。今日もたまらない顔してるわねぇ」
 にまにま、と深守は昂枝をじっくり見つめる。
「やめろ変態狐。………おはよう」
 深守のいやらしい視線に朝っぱらから身の毛がよだった昂枝だが、心底嫌そうな顔をしながらもちゃんと挨拶を返してくれる。
 それを見ていたら自然と、ふふ、と笑みが零れた。私はこの二人のやりとりも大好きなものになっていた。
 物のついでにと全ての遣戸を開きながらも、眠気が覚めないのか大きな欠伸をする。
 日はまだ部屋に差し込まないが、外はもう明るくなってきており、鳥も鳴き始めていた。風も吹いていないようで、寒さは一切感じられない。
 昂枝はのんびりとした亀のような速さでこちらへ来ると、ぽすんと座り込んだ。
「……………」
 昂枝は深守をじっと見つめる。包帯でぐるぐるに巻かれた身体は、彼から見ても何か感じるようで目を細めた。
「何があったんだよ」
「…あぁ、コレ? ちょいとヘマしちまってね。でも大した怪我じゃあないんだよ?」
 先程変えたばかりでまだ綺麗な右手の包帯を見せながら深守は軽い口調で言った。
 すると昂枝はそのまま深守の右手を弾いた。パチンと軽く叩いただけだが、深守は声にならない声で悲鳴を上げると、右手を抱え昂枝を凝視した。
「ちょっと、昂枝…!」
 私も流石に酷いと思い、昂枝を叱る勢いで声を出す。
「…大した怪我、ねぇ…とんでもなく大怪我じゃねぇか。何があったか知らないが安静にしてろ馬鹿狐」
「あいたっ!」
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