お茶と妖狐と憩いの場
***

 ―――炊事、洗濯を手早く済ませて、巳の刻、午前九時から十時を過ぎたあたりまで時間が過ぎた。なんだかんだ深守は大人しく部屋でぐっすりぐったりとしており、時たま覗けば寝息を立てていた。起こすのもなんだか申し訳なくて、ご飯はそのまま置いてある。
(さっき見たのが初めてだったな)
 深守の眠っている姿。夜中にあった出来事の後、お茶を運んできたらものの数分で本当に眠りについてしまっていたものだから、少しだけ驚いてしまったけれど。
(………眠る姿まで綺麗だなんて、ずるい)
 よく考えたら出会ってから深守が寝ているところを見たことがなかったように思う。それに狐の姿になることは稀にあったけれど、ほとんどの時間を人間の姿で過ごしていた。
 妖に対する知識が乏しい為、深守の言う食事は取らなくても生きていけるのと同じように、寝なくても生きていける――があってもおかしくないと私は気にしていなかった。だけど、この深守を見ている限り、相当疲労が溜まっていたのではないか。きっと、変化し続けるだけでも消費してしまうだろう。
「……ごめんなさい」
 障子の向こうにいる深守に、静かに謝罪の言葉を送る。そのまま「いってきます」と伝えると、私は出かける為に玄関へと移動する。引き戸に持たれるようにして待っていた昂枝には、遅い、と言われてしまったけれど。彼もまた、深守のことが心配のようだった。
「…あいつ大丈夫だったか?」
「うん…ちゃんと寝てたみたいだし、大丈夫…だと思う」
 私は見てきたことを素直に伝える。
 昂枝はいつものように腕を組むと、肘にトントンと指を当てながら思い出すように言った。
「……そういえばあいつの寝てるところ見たことないな」
「やっぱりそうよね…? 今日初めて見たから驚いてしまったの」
 私だけではなく、昂枝も見たことないのなら、きっとおじさんおばさんも見たことはないはずだ。
 毎日、彼は努力をしている。
 自分が呑気に過ごしている間、深守は私の為に頑張ってくれているというのに、当の本人は何もしてやる事が出来ない。
「……深守にね、力は自分の為には使わないって言われてしまったの。彼、治癒の力を持っているのに、大怪我してるのに…、使わないの。それに寝てないことも知ってしまったら……」
 そんな自分がやっぱり情けなくて、申し訳なさで涙が零れそうになった。
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