お茶と妖狐と憩いの場
「………まぁ、でも…それがあいつのやりたい事なら仕方ないだろうな」
 何かを考えるように昂枝は呟く。
 確かに、仕事や熱中出来ることがあると夜更かししてしまったり、寝る間を惜しんで一睡もせずに作業してしまうことは誰にでもある。昂枝も夜、文机に向かい筆を走らせてることが多々あるのは知っていた。寝付けない夜とかに廊下を歩いていると、部屋から明かりが漏れているのを確認することがある。そういった時は決まってお茶を運んだからだ。
「でも、毎日は……無茶じゃないのかしら…」
 私は両手を絡ませる。
「…無茶だとしても、お前の為にやりたいんだよ。……それだけ愛されてるんだろ、あの狐に」
「………」
「でないとこうもならないだろ。あいつの努力はきっと、……きっと自分の為でもある。否定してやらないでほしい」
 昂枝は優しく私を慰めた。
 深守が出会った時から私を大切にしてくれているのは知っている。いつもわがままを聞いてくれているのも自覚している。
 信じるって決めたのも自分なのに、うじうじしてしまうなんて、深守にも迷惑な話だ。
「そう、よね……。早く、治りますように…」
「……だな」
 歩を進めながら、私は祈った。

 ―――暫くして、目的地まで近づいてきた頃。
 向かい側から妖葬班の羽織を靡かせながら歩いてくる二人組が見えた。どんどん近づくにつれ、それが先日初めて出会った波柴兄弟だとわかった。海萊さんは凛とした美しさを見せながら、後ろの海祢さんも真剣な面持ちでこちらへと向かってやってくる。
 私達は緊張感に包まれた。だけど、それを悟られてはならない。平常心を保ちながら目の前に居る彼らを見据えた。
「おや? 宮守のご子息達ではないか」
 海萊さんは楽しそうにこちらへと話しかけてくる。
「ども…」
 軽く会釈をする昂枝に続き、私も立ち止まると一礼をする。
「元気そうで何よりだな。もしや想埜の家にでも遊びに行く途中ですかい」
「そうです。海萊さん達はその帰りですか?」
「あぁ、そうだ。あいつ今まで何処にいるか言ってくれなかったからな。全く、血が半分繋がってるというのによくわからん奴だ」
 言ってくれればよかったものを…と、自身の右手を横髪へ絡ませながら、への字口で言った。
 海祢さんも苦笑しながら呟く。
「頼ることも性格的に出来なかったのでしょう。…ほら、そういうことは…宮守さんの方がお得意ですし」
「確かにな。俺達は妖を斬ることしか出来ないし」
 海萊さんは左腰に差し込まれた刀をカチャリと鳴らす。刀もあまり見たことがないがこうして持ち歩いている者を目の前にすると、自分まで斬られてしまうのではないかという恐怖心に駆られてしまうのだと、今身をもって感じた。
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