お茶と妖狐と憩いの場
 正直、こんなにすぐ使うことになろうとは思わなかった。杞憂であれば一番で、何より怪我人を呼ぶなんてこと、本来ならばしたくはない。けれど、なんとなく…こちらの方が早いとも思った。どうせなら、深守と想埜の二人と合流できた方がいい。深守なら堂々と道を歩くことはないし、怪我しててもあんな調子だ。見つかる前に上手く逃げてくれれば、きっと、私のような戦えない人間が行くよりは幾らかマシだ。
 とはいえ、笛を吹けば音は響くわけで…。
「……小さな音でも、いいのかな」
 そもそも深守は狐で、人間より耳が良いとしても、半刻以上かかる距離にある想埜の家に向かっている最中だ。既にかなりの距離を歩いている為、並大抵の者じゃ気づくことは不可能だ。
「それこそ、ものは試しってやつだろ。小さい音でもなんでも使ってみればいいんじゃないか? …まぁ、あんなボロボロ狐を呼ぶのは気が引けるが」
「………う~ん…じゃあ、小さめに一回……ごめんね深守」
 私は笛を構える。そしてひと吹きした。

 ―――ピィ

「……本当に小さくいったな」
 警戒心が強めに出てしまったのか、かなり小さく、か弱い音が開口部から漏れた。
 昂枝は小さく肩を震わせて、口元を抑えた。どうやらその場にそぐわず壺に嵌ってしまったらしい。
「い、今のは流石に…練習ってことで……」
 私は少しばかり照れくさくなりながらもう一度吹こうとする。
 その時、

「―――十分よ」

「「わっ!」」
 いきなり聞こえた声に私達は、驚きの声を上げる。目の前にふわっと現れたその人物は、怪我人とは思えないほどに優雅に、可憐にその地に足を付けた。
 何処から現れたのか、どうやって来たのか、摩訶不思議な出来事がまた起きてしまったらしい。
「本物、か…?」
「逆にアタシを偽物だと言うの?」
 昂枝の半信半疑な言葉に深守は眉を顰めた。
「いや、お前が二人も三人もいたら耐えらん――痛ぇっ」
「さっきのお返しよ」
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