お茶と妖狐と憩いの場
 深守は昂枝の頭に軽く扇子を当てる。
 気を取り直すかのように、私の前へ深守は身なりを整えながら立った。深夜まで着ていたものではなく、着回していたらしいもうひとつの綺麗な着物に身を包み、いつものように羽織を靡かせながら彼は微笑んだ。
「こんなにも早く呼んでくれるなんて、思ってもみなかったわ」
 深守は扇子を開く。今度は舞扇子ではなく、少し重厚感のあるような、しっかりとした扇子だ。扇子に重厚感――というのもおかしな話だと思ったけれど、どうやら鉄扇子、という物のようだった。何より昂枝の表情がそれを物語っている。
 紫色で金箔を使っているという点では同じなので最初はわからなかった。だけど、柄も少しばかり違っていて、小石に混じり桜が散りばめられていた。多少の差で、よく見ないとわからない程度に。
 深守はそれを決まって屋外で使っていた。きっと、護身用として持っているのだろう。武器を持たない彼にとって、扇子は唯一の道具だ。逆に言えば室内だと安全だから、と舞扇子だけ手にしていたということにもなる。
 私はこの小さな違いに、深守からの信頼というものを感じられて嬉しくなった。
「……ごめんなさい、怪我しているのに呼び出してしまって」
 扇子でひらひらと顔を扇ぎながら、私達の方を見据える深守に言う。
「いいのよ。何かあったんでしょう…? というか、アタシも想埜が気にかかるのよね」
 察しのいい彼は、片目をパチッと閉じて先を促す。
 この時私は思った。もしかしたら最初から休むつもりなどなくて、こっそり着いてきたのではないか――と。深守のことを考えると、決して有り得ない話ではなかった。
 私達はとにかくと頷くと、想埜の家まで急ぐべく、駆け足になった。これも、杞憂であることを願って―――。
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