お茶と妖狐と憩いの場
 ――本当に?

 私は、ふと頭に過ぎってしまう。
 宮守家の人は驚く程に親切だし私を大切にしてくれるけれど、私がいることによって村の人に何か言われたりしているのなら? いなくなってしまった方が好都合ではないか。
 迎え、と言われるくらいなら私は、少なくとも目の前の…折成さんからは必要とされている。私の存在に価値があるのならそちらを選ぶべきなのではないか。
 ぐちゃぐちゃと、頭の中が混乱し始めた。今考えていること以外にも、いろんな感情が抑えきれなくなくってしまう。
「…っ」
 涙が頬を伝っていくのがわかり、恥ずかしくもなる。
「………」
 折成さんは一瞬こちらの方を向いたが、何も言わずにすぐ視線を戻した。
 当たり前だ。折成さんにとって私が泣こうが喚こうが関係ない。行くべき場所へ連れて行くだけなのだから。
 もう一度、あの狐に会いたかっただけなのに、ここで私の平凡な毎日は終わってしまう。
 お茶を飲んで、お饅頭を頬張って。宮守の人達と団欒して――。
(楽しい…)
 あの空間が、あたたかくて大好き。離れたくない。
 だけど、これ以上迷惑をかけたくないのも事実。いなくなった後、お荷物が無くなって喜ぶ姿――いいえ、きっと彼らなら私がいなくなったら全力で探してくれるだろう。それだけ、優しい人達なのは私が一番知っているのに。いなくなることが迷惑だと前向きに考えたくても、どうしてか、絶対に考えてはいけない方向に揺れ動いてしまう。
「わからない…っ、わか、らない……」
 考えて、考えて。
 溢れる涙を止めることができなくて。
 皆の事を思い出しながら、掴まれている手首を見つめながら、足を動かしている自分もいた。

「──遅れてごめんなさいね、結望」

 …ふと、誰かの声が聞こえた。
 不思議に思ったが、声が聞こえた時には既に手首から折成さんの手は離れ、代わりに優しく体を包み込まれていた。
「──────」
 私は目を丸くする。
 そこにはまた、知らない男の人がいたのだ。
 でも、なんだろうこのあたたかさ。知っている気がするのは、何故…?
「あ、貴方は…」
「そんなのは後よ。まずはちゃんと家に帰らなくっちゃ」
 白髪の男の人は私を抱きしめながら、いつの間にか私から離れた折成さんを睨みつける。
 折成さんは「チッ」と舌打ちをすると、「…今日の所は諦める」と言い残しそそくさと消えて行った。
 私は突然の事に体の力が抜け落ち、その場にへたり込んだ。
「………」
 恐怖心は残ったまま、目の前にいる白髪の人を見た。
 耳と尻尾が生えた、人ではないような、不思議なその人は優しく呟いた。
「怖い思いをさせてしまったわね…。家まで送るわ」
 貴方は、誰…?
 聞こうとしたが、そこから記憶が途絶えてしまった───。
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