わたしの結婚〜異能の御曹司に見出され、愛されて〜

21、麒麟の影

 「…愚か者め」

 衝動的だった。

 彼の腕を放し、襦袢の腰紐を解いた。ためらいなく肩から剥いで、肌をさらした。ほのかなランプの光でも肌の色は浮き立った。

 「おい…」

 「麒麟に食わすぞ」

 彼の浴衣も剥いで、肌を合わせた。冷たい以外に、乳房に感じる刺激があった。ちくりと刺すような。
 わたしの重みが今の彼にはつらいだろう。

 「柊理、最後の力でよい。わたしに乗れ」

 「は」

 「死んでもいいから、早く乗れ」

 半分抱えるように彼の下になった。荒い息づかいだ。少しの動作が彼には負担になる。

 肘をついて身体を支える彼に、横になるように言う。動いた彼にあわせ、わたしも横になった。ぴたりと胸を彼のそれに合わせる。

 あ。

 やはり、紋様が乳房に触れると刺激がある。何だろう。

 柊理と見つめ合う。瞳どうしで重なりながら、言葉にならない感情を交わし合うような気がした。

 彼の手がわたしの頬に触れた。求められていると感じ、自分から唇を寄せた。少し血の味のする口づけだ。

 舌で彼の唇を割った。舌を触れさせる。絡めながら吸い、願った。

 食え。

 わたしを食え。

 乳房をじりじりとする感覚がある。やすりのようなものが触れるような。ただ、柊理の肌に合わせているだけなのに。

 長く口づけていた。

 「好きだ」

 つぶやいて、柊理の瞳が閉じた。

 「柊理。柊理!」

 返事をしない彼にすがりついた。胸に顔を押し当てた。このままは嫌だ。逝ってしまってはいけない。

 「柊理…」

 反応しない彼を押し倒し、仰向けに寝かせた。わたしの涙が胸に移りぬれていた。そこに頬を当てる。不安も思考も消え、時が止まっていた。

 彼の白い肌に異変を感じたのはその時だ。紋様がない。

 顔を起こし広がっていた箇所を調べる。胸から腹、そして引っかき傷のように見えた腕だ。それらがない。念のため、身体を起こし背の方も見るがやはりない。

 柊理は目を閉じたまま。胸に耳を押し当てる。鼓動がしない。

 「駄目なのか」

 けれど、紋様は消えたではないか。それは麒麟が餌を食った証ではないのか。

 「柊理。戻って来い」

 返事をもらえないまま、わたしは彼に寄り添っていた。待っているのだ。彼が戻ってくるのを。絶対に帰って来る。

 息を殺すような時がどれほどか過ぎ、咳き込む音が聞こえた。

 柊理だ。

 すぐに身体を起こし、ガーゼをつかんだ。彼の顔を横向きにさせ、手のガーゼを口元に当てた。

 彼は激しく咳き込んだが、手のガーゼが血に染まることはなかった。

 「柊理」

 彼はわたしを見つめ、薄く笑った。

 「目を開けて初めて見えたのが、姫の乳房だ」

 「紋様が消えたのだ。身体はどうだ?」

 ゆっくりではあったが、以前に比べ、はるかに楽そうに身を起こした。わたしの襦袢を拾い、肌に着せ掛けてくれた。

 自分でも紋様を検めている。

 「本当だ。消えた。胸の苦しさもない。夢から覚めたみたいだ」

 心の底から暖かさがわき上がる。大きく息をついて、襦袢の袖で涙をぬぐった。

 タバコをくれという彼を叱りつけて、立ち上がった。襦袢を直し、衣桁にかけたなりの着物を羽織った。

 「野島もお冴も皆心配しておる。知らせてくる」

 本来なら、八時も過ぎれば用を終えた者から下がらせているが、柊理が倒れて以来、深夜でも誰かれが待機して起きていた。

 書斎の時計は十一時前だ。まだ台所に誰かいるはず。素早く腰紐を回し、着付けた。帯を肩に引っかけたところで、手を取られた。強く引かれて、抱きしめられた。

 「もう少しこうしていよう」

 「何を甘えたことを」

 抗いながらも、彼に腕の強さが戻っていることが嬉しい。それだけで涙ぐむ。

 「泣かせて悪かった。心配をかけたな。姫も頬がこけた」

 「全財産もらっても割に合わぬわ」

 「麒麟は、姫を食ったのか?」

 「わからぬ。ただ、そなたの紋様に触れた乳房にざらざらとすられる感触があった」

 それに何か意味があるのか、柊理にもわからないようだ。

 「姫のおかげだ」

 「…わたしを一人にするな」

 彼の死を静かに悟り始めた時の、身体の一部を引きちぎられるような痛み。流した涙は、その傷口から出た鮮血のようだった。

 「許さぬぞ」

 「しない」

 柊理が口づけた。その後で、彼が言う。

 「姫を置いていかない」

 「うん、約束ぞ」


 回復を知った使用人たちはもちろん喜んだ。沈着な野島も、この時は大きく息をついて安堵を示した。お冴も泣くし、女中もつられてもらい泣きを始めた。

 寝室に野島とお冴のみを入れ、柊理の顔を見させた。

 「そなたは皆に大盤振る舞いをせねばならぬぞ」

 「そうだな。迷惑をかけた」

 柊理がねぎらうと、野島が言う。

 「何の。とにかく奥方様が大変凛々しくていらっしゃった。お若いのに、さすがの姫君のご貫禄で」

 「ええ、それは頼もしゅうございました」

 「そんなことはない。皆のおかげだ」

 褒められるとおもはゆい。困難を過ぎたから振り返れるが、うろたえないでいようと必死だった。わたしが参れば、すべてが終わるように自分を追い詰めていたように思う。

 柊理に手を握られた。

 その温かさを感じ、彼を取り戻せたのだと、再度強く意識した。
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