わたしの結婚〜異能の御曹司に見出され、愛されて〜

31、おちょぼの制服姿

 よほど空腹だったらしく、おちょぼは出された食事をぺろりと平らげた。腹が満ちて幸福そうな顔を見ると、わたしもうれしくなる。

 邸の彼女の部屋はきれいに保たれそのままだ。買い込んだ新たな普段着などの他に、日常に華美過ぎる晴れ着などはこちらに幾つもあり、いつでも袖を通すことができた。

 夕食の後で、お冴が甘やかしてどら焼きを出してやると、それにもかぶりつく。

 この日、柊理は遅く、ちょうどその頃に帰宅した。あらましを野島から聞いていたらしく、おちょぼを見ると、笑顔になり、

 「お帰り」

 と声を掛けた。

 「お久しゅう、柊理小父様」

 どら焼きで頬をぱんぱんにしながら、彼女は挨拶した。柊理はおちょぼに短く近況をたずねた後で、わたしを目顔で呼んだ。

 彼について居間を出た。続きの食堂に入る。

 「結局、よかったな。おちょぼのことは」

 「うん」

 「あの子、健康状態はいいのか? 前よりかなり痩せたと思う。医者に診せた方がいい」

 「そうだの」

 「姫」

 柊理はわたしの手を取り、その中に何か落とした。見ると結婚指輪だった。野島に金を出させるために預けたものだった。金庫にしまってあったはずだ。

 「俺もうっかりしていた。邸にある金は姫の好きにしていい。野島に言えば、ほしいだけ出すように指示しておいた」

 だから、とちょっと鋭い目でわたしを見る。

 「もう簡単にこれを外さないでくれ」

 「うん、わかった」

 「それと、おちょぼの件で気が急いたのだろうが、姫が『武器屋』に出向くまでもない。人をやって解決させることも出来る。あんなことの後だ。用心してほしかった」

 柊理が言う「あんなこと」は、川辺公爵さらわれた件のことを指す。『武器屋』へは野島を供に伴った。大袈裟な、とも思うが、彼の気もわからないではない。出来る限りその意に沿いたいが、今回ばかりは譲れなかった。

 「使いでは駄目なのだ。おちょぼは親に二度売られた。わたしが行って迎えてやらなくては、あの子の立つ瀬がない。あまりにもむごいではないか」

 柊理の目がゆっくりと瞬いた。吐息の後で言う。

 「そうか、そうだな。それは俺の考えが足りなかった」

 「以後、そなたの言うようにしよう。それでよいか?」

 柊理はうなずいてから、わたしの顎をつまんで口づけた。少し唇を合わせた後で言う。

 「指輪を置いて行かれて、俺は姫に腹を立てていたんだっけ」

 「そうなのか。すまぬの」

 「いや。もうどうでもよくなった」

 「…野島が何か言っていたか?」

 「何を?」

 「ならよいのだ」

 また彼が唇を求めてくる。



 おちょぼが戻ってすぐは、邸での生活に慣らすことに気を使った。あの食べることが大好きな彼女が、半年ほども食うや食わずの暮らしを強いられたようである。

 柊理の勧めで医者にも見せた。栄養失調状態というから、よく台所に言って好きなものを作らせて与えた。

 一月も経ち、頬の削げが気にならなくなった頃だ。そろそろ女学校のことを再び考え始めた。

 柊理に言うと、四月からの新年度にちょうどいいと、賛成してくれた。

 そうなると、やはり以前彼女が制服に見惚れた青藍女学院だ。すでに養女に迎え、素性も申し分ない。あの制服を着たおちょぼが見られるのだと、胸がわくわくとわいて落ち着かない。

 その浮き立った心境に、彼が冷や水を差した。

 「宮様のお子様方も入られて、条件が厳しくなったらしい」

 「どのような?」

 「俺をにらむな」

 彼は笑い、

 「華族の推薦人が必要らしい。有明の君に頼めば易い。大丈夫だ」

 と、請け負った。

 柊理が動いてくれて、必要な三人の推薦人もすぐに名前をもらえた。後は入学の許可を待つだけ、と以前の家庭教師をまた雇い、遅れているはずの勉強に励ませた。

 おちょぼ本人も、自分のこれからをもうこの邸でと定めたようで、顔に笑顔が増えた。安心と共に、これを裏切ってはならないと、強く心に思う。

 晴れて、入学許可の免状が届いた。同時に制服もあつらえた。

 初めての登校にはわたしも付き添い、教室で授業の様子を観覧した。洋風に建てられた美麗な学舎の中に、女学生は八十名ほど。そろいの制服を着た彼女たちは良家の子女だ。

 おちょぼは何の違和感もなく溶け込んで見えた。隣りの少女に何か話しかけられ、うなずいて返していた。休み時間にはおちょぼのまわりに人垣ができた。編入性が珍しく、興味津々のようだ。

 少女たちの楽しげな様子を見て、おちょぼに合図をして教室を出た。

 女学校は弁当持参だ。昼下がりには迎えにやった車に乗っておちょぼが帰ってきた。頬を紅潮させ、珍しくおしゃべりだった。

 「楽しかったか?」

 「はい。お友達もできた。でも、勉強は難しいかも…。宿題もあって」

 「そうか」

 「翠さんが、姉様を「おきれいな方」と言っていたの。姉様は絵のモデルをして有名みたい。わたし、知らなかった」

 「礼司を覚えているだろ。あやつに頼まれてモデルになった。一枚は邸にある。広座敷に掛けてある」

 そこを縁まで広く開放して、新額装のお披露目の会を催した。絵はそのままになっていた。

 「ふうん」

 おやつもそこそこに、絵を見に行った。明日級友に話すのだろう。
< 31 / 35 >

この作品をシェア

pagetop