生徒会長と高嶺の姫

第四話

〇一軒のカフェの前

バスと電車を乗り継ぎ、やってきたのは一軒のカフェ。
律「悪いなちょっと遠かっただろ?」
ゆつぎ「ううんそれは全然平気なんだけど、本当にここ?」
入口には『準備中』の札がかかっている。
律「そう、ゆつぎを連れてきたかった場所」
ゆつぎ「でも今は空いてないみたいだけど…あ!」
律はお構いなしでドアを開けて入ってしまう。
カランとベルが鳴って、カウンターからオーナーが顔を出す。
水原「律か。表の看板見なかったのかー?」
呆れたように笑う。
※水原和己:カフェのオーナーであり律の叔父。体格が良く顎ひげをたくわえワイルドな見た目。
律「見たけど、どうしても和己さんの作ったレモネードが飲みたくてさ」
和己「調子いいこと言いやがって。お、そちらのお連れさんは?」
律「彼女って言いたいところだけど、同じ高校の子だよ。ゆつぎ、この人は俺の叔父さんでここのオーナーの和己さん」
おろおろと成り行きを見守っていたゆつぎは、姿勢を正して挨拶をする。
ゆつぎ「はじめまして姫宮ゆつぎです、よろしくお願いします」
和己「へえ、何だお前もついに女の子を連れてくるようになったか~。ついこの前までこーんなちっこかったのになぁ」
手を足の辺りに持ってきて、これくらい小さい頃からと示す。
律「いつの話してるんだよ。あ、ゆつぎのこと変な目で見るなよオジさん」
和己「誰がオジさんだ、まだ32だぞ」
二人のやり取りにゆつぎは思わず笑ってしまう。
カウンター席に並んで座る。メニューを見せてくれる律。
律「何にする?あんな見た目だけど腕はいいんだよ。味は俺が保証する。何て言っても俺の料理の師匠でもあるし」
ゆつぎ「そうだったんだ」
律が作った美味しそうなお弁当を思い出す。
和己「おい、あんな見た目とはなんだ」
少し離れたところから和己のつっこみが入る。
メニューをめくると目に入ったパンケーキの写真に目を奪われる。
(この季節のフルーツパンケーキ、美味しそう…)
和己「お嬢ちゃんお目が高いねえ!今日はいい桃が入ったからおすすめだよ」
ゆつぎ「それでお願いします。えっと飲み物は…」
律「俺のおすすめはレモネード。シロップも手作りで美味しいんだ。俺ははちみつ多めで飲むのが好き」
カウンターに片肘をつきながら、律はメニューの写真を指さす。
ゆつぎ「もしかして律くんって甘党?」
(いつもキャラメル持ち歩いてるし)
律「うん、そうかも。ゆつぎは?」
ゆつぎ「私も甘党だから一緒がいいな」
律「よかった。付き合う上で味覚が合うって大事だよな」
意味ありげに言われてどきりとする。
律「和己さん、あとレモネード二つ。はちみつ多めで」
和己「はいよー」
店内をぐるりと見回すと、店内の奥にDJブースがあるのを見つける。
すると、隣りでカタンと椅子の音がして律が立ち上がった。
律「和己さん、あれ借りてもいい?」
和己「いいぞっていうかそれが目的だろー?」
律「バレた?ゆつぎ、ちょっと待ってて」
ゆつぎ「えっ?」
すたすたとDJブースへと向かうと、棚からレコードを選び機材を調整してプレイをし始める。店内のスピーカーから聞こえる音楽。
音に身を委ねて気持ちよさそうにプレイする律の表情は、無邪気でいきいきとしている。思わず目を奪われるゆつぎ。
ゆつぎ(こんな特技があるなんて、全然知らなかった…)
律を見つめていると、カウンター越しからレモネードのグラスが置かれる。
和己「うちの店、昼間はカフェで夜はバーなんだ。夜のバーは別のやつが店長としてやってるんだけど」
ゆつぎ「そうなんですね…」
(だから何となくお店の雰囲気が普通のカフェと違うんだ)
内装が大人っぽい空間であることに納得する。
和己「ちょうど俺が大学生でクラブ音楽にハマってたときだったかな。律が小六か中一で、試しに聞かせたら目をキラキラさせてさ。で、俺の自前の機材触らせたりしてたら律もどんどんハマっていって」
※律の過去回想:和己に習ってDJの練習をするシーン。
和己「この場所も、ほんとはうちでバイトしたいって言ったんだけど高校生だしさすがに夜バーになる店では働かせられないから。それで、店が準備中の間に練習場所として貸してやってるってわけ」
曲が変わり、律の手元のターンテーブルやコントローラーを軽やかに操る。
ゆつぎ「全然知らなかったです…」
普段の生徒会長の雰囲気からは想像できない。
和己「だろうね、あいつもこの店には一人しか連れて来たことないし。女の子は君が初めてだよ。よっぽど君に見てほしかったんだろうね」
意味ありげにゆつぎを見つめる。
ゆつぎ「?えっと……」
(それってどういう意味…?)
どきんと心臓が跳ねる。
(ううん、変なこと考えちゃ駄目。だって私たちは『偽装恋人』なんだから)
ゆつぎはその視線を不思議そうに見返す。
和己「ま、そういうことだからあいつのことよろしくね」
にっこりと笑う和己。
音楽が止み、ブースから出てきた律が足早にカウンターに歩み寄る。
律「おい、ゆつぎのこと変な目で見るなって言っただろ」
和己「人聞き悪いこと言うなよな、それに俺は既婚だっての!」
律「早く俺にもレモネード出して」
和己「ったくしょうがねーな…あ、肝心なこと言い忘れてた」
ゆつぎを手招きする。
和己「律、ああ見えて嫉妬深いから」
ゆつぎ「…!?!?」
こそっとゆつぎだけに聞こえるように耳打ちして、奥の厨房にはけていく。
律「何話してたんだよ」
少しムスッとした表情の律に慌てる。
ゆつぎ「あの、すごかったよびっくりしちゃった」
律「ありがと、お世辞でも嬉しいよ」
ゆつぎ「違うよ、本当にかっこよかった!すごく楽しそうで眩しくて…もっと見ていたいって思っちゃった」
まっすぐな言葉とキラキラした目に言葉を失う。ああもう、とカウンターにあるお冷のグラスを一気飲み。耳が赤くなっている。
律「じゃあさ…」
ゆつぎ「なに?」
律「……何でもない」
(惚れた?って聞いたらどんな顔をする?)
カウンターの陰。二人のやり取りを見ている和己。
右手にグラス、左手にパンケーキの皿を持ちながら出るに出られない。
「これがアオハルってやつかー……」

〇和己にお礼を言って店を出て、バス停に向かって歩く。
ゆつぎ「今日はありがとう、しかも和己さんに奢ってもらっちゃって」
律「いいんだよ、また今度一緒に行ってくれる?」
ゆつぎ「いいの?私でよければもちろん」
笑いあう二人。
ゆつぎ「よく練習に来てるの?」
律「そう、練習がてら貸してもらってる。今は生徒会も勉強も忙しいしバイトもできないから、いつかお金を貯めて自前で機材とか揃えるのが目標。それでいつかでっかいハコで俺のかける音楽で大勢の人を楽しませたい」
(DJの時の話をしている律くん、すごく良い顔してる)
律の横顔は、さっきDJプレイしていた時のように輝いている。
(律くんには夢や目標があって、そのためにこうして手を差し伸べてくれる人もいる)
ゆつぎ「……律くんは、すごいね」
(それに比べて私は…私には何があるんだろう)
(いろんな人を惹きつける、律くんはそういう人。まるで太陽みたいな――)
自分の不釣り合いさを自覚して俯くゆつぎ。
(私なんかがこんなふうに隣りにいていいのかな……)

〇並んで歩く二人を見かけて立ち止まる他校の男子生徒。
矢野「あれってゆつぎだよな…?誰だ隣りの男…」
※矢野亨(やのとおる)ゆつぎの中学時代の元カレ。

〇翌日・昼休み
遥斗「ねえ、姫宮さんちょっといい?」
教室で遥斗から声をかけられる。
初めてのことに驚くゆつぎ。
遥斗はそんなゆつぎの顔を面白そうに見やる。
「ちょっと俺に力を貸してくれない?」

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