甘い夜更け。朝を憎んだ。
夜乃と佐藤の幼馴染、電車に飛び込んで自殺した彼の素性が、友人や家族達の願いも虚しく暴かれていった。

案の定、夜乃との接点に辿り着いたネット民達は幼馴染の彼を「被害者」としてその死を過剰に悼み、
誘惑、洗脳を施した夜乃を今世紀最大の悪女として吊るし上げた。

突然の失踪には誘拐の線だって完全に消えたわけじゃないのに、
夜乃を擁護する人間は身内と佐藤以外にはもう、世の中には誰一人として残っていないように見えた。

夜乃、佐藤、幼馴染の彼が幼少期に仲良く通っていた、夜乃のお母さんが師範代を務めていた書道教室はあっという間に特定されて、
「諸悪の根源」として晒し上げられた。

佐藤に連れられて書道教室の前まで見に行った。
数えきれないくらないのおびただしい量の張り紙。
その全てが罵詈雑言。

もちろん書道教室としての機能を果たせなくなった建物は、
固く扉を閉ざしてただそこに佇んでいる。

佐藤は膝から崩れ落ちて、アスファルトにお尻から座り込んで泣きじゃくった。

「アマイ。帰ろう」

動かない。

深まってきた秋の風は、日中でも若干冷たかった。

「アマイ」

「蜜…」

泣きじゃくったままの顔で俺を見上げた佐藤は涙を拭おうともしなかった。
くちびるの端をキュッと上げて、こぼれる嗚咽を必死に抑えようとしていた。

「なーに」

「私達は信じていてあげようね」

「夜乃を?」

「とばりと、あいつのことも」

幼馴染の彼のことだろうか。
俺には彼を信じることも擁護する理由も無いけれど、俺が一緒にそう信じてあげることでアマイが平気になれるのならそれでもいいと思った。

アマイの腕を引いて立ち上がらせる。
そのまま抱き締めた。

「死ね」

そう書き殴られた張り紙が目に留まる。

夜乃とばりはとっくに死んでいる。
殺したのは不特定多数の、夜乃とは関係のない人間達だ。

この世界から夜乃の尊厳が消えたことでこいつらには一体どんな恩恵があったのだろう。
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