甘い夜更け。朝を憎んだ。
「なのにさ…」

女子はまた顔をしかめて、ようやく乱れた制服を整え始めた。
一時間目はとっくに始まっている。

「夜乃さんはただ居るだけで全てを手に入れてるじゃない?」

「そんなこともないと思うよ。現に今は体ごと奪われちゃってるわけだし」

「蜜くん、そのブラックジョーク笑えない」

「現実だからね」

結んでよ、って言いながら女子がネクタイを渡してきた。
事後、こういう小さいことで甘えてくる女子は割りと多かった。

素直に受け取ってシャツの襟の下に通しただけで女子はうれしそうに、にっこりと微笑んだ。

「夜乃さんはさ、きれいなままで、ただそこに居るだけで存在を認めてもらえるんだよ。なんにも失くさないままでさ」

「じゃあ、きみ達は何を失くしてしまってるの?自分で望んで俺に抱かれてるんだよね?なのにそれで傷ついて大事なものを失くしてるなんて言われたら俺だって傷つくよ」

「私達もね、自分が夜乃さんだったら蜜くんに抱かれたりしない」

「そうなの?」

「そうだよ。自分にはなんにもないから。誰かみたいにそこに居るだけじゃ認めてはもらえない。だから自分の価値を試すついでに蜜くんや夜乃さんみたいに選ばれた人達を利用して傷つけたつもりになってんの」

「そうなんだ。矛盾してるよね。なんにも失くしたくないくせに」

「そ。矛盾してんの。蜜くんに拒否られなかった優越感と一緒に、特別な男がどんどんクズになっていくの、たまんないじゃん」

ニッとハニかんだ女子を見ながら、面白い子だなと思った。

この子を含め、この学園の生徒達がどれだけの純度で「傷ついている」のかは分からない。
学園生活が対人間の戦場であるとはっきり認識した上で、俺や夜乃は搾取する側であり、敵だと見做し、その体や心を武器に俺達が持つ価値を暴落させることこそが尊厳の勝利だと思っている。

こんなに挑発的な目で、俺達の存在を敵だと見做しているくせに俺に好き勝手されて、悪意のない吐息をもらし、目の端に溜まる涙を必死で隠す。

その姿はやりきれなくて、滑稽なのに引き剥がすことができなかった。

名前、なんていったっけ。うろ覚えの名前を脳内に思い浮かべてみる。

もしも本人に聞いてしまえば、また頬への痛みを頂戴してしまうかもしれない。
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