甘い夜更け。朝を憎んだ。
二章

壊れてあげない

「みーつー!久しぶりじゃんっ!」

従姉妹が飛びついてくる。
俺の二個上の大学二回生。
春に二十歳を迎えていた。

「去年会ったばっかりだろ」

「一年も前なんだよ!?ずいぶん前だよ」

「一年に一回でじゅーぶんです」

「え、なにそれ。織姫と彦星みたいってことぉー?」

つば広の帽子の影になっていてもよく分かる、丸くて大きな目。
俺を見て悪戯に微笑む表情は二十歳という大きな節目を迎えても、未だ小学生みたいで愛らしいと思える。

夏休みに入った七月下旬。
最後の週に、祖父の実家へと帰省した。

父の実家はもちろん、現在暮らしている市内に在るけれど祖父の実家は九州だった。

そこが本家にあたるようで、男兄弟で三男坊の祖父は大学卒業を機に実家を出ていた。

父が他界した今も夏休みには母と二人、そして祖父と共に帰省している。
俺にとっての曾祖父も曽祖母もすでに他界していて、本家は祖父の一番上の兄が継いで、今はその息子夫婦が母屋を守っているらしい。

「田舎」という言葉に持つイメージのモデルになったような小さな町だった。

一番最寄りのコンビニに行くよりも海、川、山のほうがずっと住人に密接で、夜に出歩いたってなんにもないから必要がないのか、街灯もまったく無い。

人工の灯りが無いからなのか、あまりにも星空が鮮明で降り注ぎそうだった。

この町で過ごす夏の夜は不思議と湿気がやわらいで海辺に近づくとひんやりと肌寒さすら感じた。
ぽっかりと真っ黒な口を開けたみたいな夜の海。
ゆったりと寄せては返す波の音と、都会では忘れてしまいそうな夏虫の羽の鳴る音。

ひとり、世界から取り残されたようなそんな夜を眺めていると、自然と夜乃の姿が脳裏に浮かんでくる。

…なんて、炎天下の下で額に汗を滲ませて無邪気に笑う従姉妹の姿を見ながら思うなんておかしな話だけど。
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