甘い夜更け。朝を憎んだ。
「そんな夜乃さんが俺のことは見ててくれたって?勘違いじゃない?会長だから発言する機会も多いし、だから視線を向けてくれることも必然的に多かったと思うし」

「向ける視線の熱くらい、その違いくらい分かりますよ」

「でも夜乃さんが言及したわけじゃないんでしょ?」

「それでも分かります。あんな風にやさしい視線を、慈しむような表情を見せたことがなかったから。とばりはやさしい女性です。誰にでも、平等に。だからこそ誰かを特別に愛してもいない。でもひょっとしたらその対象が朝之先輩になり得るかもしれないとさえ思いました」

「んー。俺には分かんなかったけどね」

佐藤の推理が真実だとして、
そこに「恋」のような高揚感を感じることはなかった。

夜乃は確かに「特別」な存在だ。
ただそこに居るだけで心の救済措置になるような、佐藤の言い分だと「陽だまり」のような存在だ。

夜乃が同じような感情を俺に抱いていたとは思えない。
事務的なこと以外にはまともに会話を交わしたこともない。

夜乃が失踪した日だと言われている六月三十日の前日。
佐藤が夜乃の姿を見た最後の日であろう六月二十九日。

生徒会の集まりが無い日だった。
けれど俺は一学期が終わる直前に、学園内の設備で故障や破損があれば夏休み中にでも修繕してもらえるように学園側から業者に依頼してもらわなければならず、
その確認に学園を一人、点検して回っていた。

生徒会の顧問教師と見回る予定だったのに、
顧問が職員会議で立ち会えなかった。

二年生の教室が並ぶ階。
夜乃と佐藤が在籍している四組の教室の前。

そこに夜乃とばりは確かに居た。

運動場から部活動生の声が教室にまではっきりと聞こえてきていて、
廊下にも何人もの生徒がまだ居たけれど、
四組の教室には夜乃がたった一人で、窓際の席で小説を読んでいた。

ページをめくる、細い指先。
触れられている全ての物に嫉妬できそうなほどに、
夜乃は美しかった。
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