甘い夜更け。朝を憎んだ。
「蜜先輩こそどうしたんですか」

佐藤は俺を「朝之先輩」と呼ぶけれど、
夜乃は「蜜先輩」と呼んでいた。

そう言えば、夜乃になりたかった佐藤は、そこだけは真似しなかったんだな、と今更になって思った。
夜乃が呼ぶ俺の名前はどんな誰の、どんな口調よりも甘ったるく感じた。

「校舎の修繕依頼のこと、あったでしょ。あれの確認」

「一人でですか?」

「十分だよ。見て回るだけだから」

「こんなに広いのに」

「別に暇だから大丈夫だよ。ありがとう」

「どういたしまして」

夜乃がやわらかく笑った。

「じゃ、夜乃さん達も早く帰りなね」

ポケットから一枚のメモ用紙を取り出して、夜乃が読んでいた小説のページに挟んだ。

「これ」

「しおり代わり。ほんとに読んでますってフェイクにはなるでしょ?」

口角を上げて少女らしい笑顔を見せる夜乃も、
義務じゃない、なんでもない会話を二人で交わすこともその日が初めてで、

学園で夜乃とばりを見たのも、その日が最後だった。
< 80 / 185 >

この作品をシェア

pagetop