甘い夜更け。朝を憎んだ。
「はー、キモ。それで?自分は特別なんだって思っちゃった?」

「そうじゃなくて!蜜くんはきっとそんな自分を隠したかったんだろうなって思うから。私なんかにぶつけちゃって嫌だったかもしれないって。私が感情を揺さぶっちゃってごめんって謝りたくて…」

「は………あはははははっ…ねぇ、認めなよ。特別だって思っちゃってんじゃん。なにそれ、″私が感情揺さぶっちゃった″…?加害者の顔して自分が俺を壊しちゃったーって悦が顔に滲み出てるよ」

「どう思われてもいい。蜜くんがどんどん渇いて壊れていって…いつかとんでもないことしちゃいそうで怖いの…」

ブラウスの裾をキュッと掴んでいる来栖の左手を取った。
驚いた顔をして俺を見上げたまま、来栖はジッとしている。

右手で来栖の指に一本一本触れていく。
来栖の一定速度の呼吸音だけが鼓膜を揺らす。

小さい小指。きれいに整えられた爪の端っこに自分の親指の爪を食い込ませる。

「桜」

「え…」

「季節外れだけど」

「ネイル?」

「的外れなところも、来栖さんによく似合ってるよ」

クッと力を入れた。
来栖の小指の爪に切り口が入った。

「蜜くっ…」

「痛くないでしょ別に」

体を傷つけたわけじゃないんだけど。
こんなんじゃ心も傷つかないけど。

すぐに再生してしまう爪と同じ。
切り落として短くなった爪のことなんか、すぐに忘れてしまうのと同じ。

黙ったままの来栖の手を、すくった水が手のひらからこぼれていく、なんの重みも感じない素振りで手放した。

「ナメないでくれる?お前ごときが変えられるものなんか無い。俺をちゃんと壊せるのはホンモノだけだ」

耳元で囁いた。
来栖は動かなかった。

「二度とその声、聴かせないでね」
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