マフィアの弾丸





 「────まぁ。名前なんてあって無ぇようなモンだからな、おれらにとっちゃ」




 投げやりに、そう言葉を切りながらもどこか、哀感(あいかん)を漂わせる、声音の澱みに


 咄嗟に、開口しかけた唇を下唇ごと仕舞った。




 フ、と伏せられた、銀水晶のような瞳の奥に、(かげ)りが一瞬で
 乗せられていく。




 傍らに黙して座っていた、彼のほうにもチラ、と視線を動かしてみたけれど
 何を熟考しているのか。



 その美貌はありのままであるのに、純黒の双眼はスモーク硝子(ガラス)の先へ
 向けられて、ほんとうの姿はまるで動静がはっきりしない。




 ・・・・・どこ。まで私のほうこそ、
 踏み込んだら良いのか。



 間合いの詰め方がよく、わからない。




 「…そう、なんですか、」と小さく、相槌を打ち、返答した私のあまりに頼りなくか細い声が、

 異様に煌びやかな車内へと響く。




 ほんのすこし、張り詰めてしまった空気に、耐えられなくなった私は、
 このまま凍結していきそうだ。と。



 仕舞っていた下唇を噛んで、(かじか)んだ空気に、上乗せするように、
 「……、診察。終わりですか?」わざとそう、誤魔化すよう切り込んだ。




 ────…しかし、




 「…あ?終わってねぇーわアホ。脱げっつってんだろその下履き。股の間も診察すんだよ」


 「…………………ぇ。冗談じゃなかったんですか」


 「テメェ、…おれが意味もなく「服脱げ」とか言う男に見えんのか、」

 「万年発情してるんでしょ?」

 「してるかドアホ。…良いからさっさと脱げ」


 「っっ、ちょ!?!」




 先ほどまでの振粛(しんしゅく)させていた空気は、どこへやら。



 いちど、この髪散らかし男と言葉を交わせばあっという間に、
 コミカルさが舞い戻ってきてしまうのは、いかがなモノかと。




 治療の名目で、と言う理屈は頭では理解しているのだが。

 毎度毎度、際どいラインを見せなきゃならないコッチの身としては
 さすがに、赤面もので。




 今は乾燥の季節も相俟(あいま)って
 脚の付け根は、ちょうど下着でも擦れてしまうところ。



 だから
 ときどき、痒みがあったりするのだ。




 ────…でも、
 ローションや軟膏(なんこう)をもらって、風呂上がりはケアしているし、
 わざわざそんなところまで診る必要ない、………と思うのに、




 「〜〜〜〜〜っちょっ!っと、待っ!」


 「お前っ、毎回毎回、しつけぇんだよ!いい加減、慣れろやこの貧乳娘が!?お前、慣らしてやるためにおれがどんだけの気苦労をっ、」

 「しっ知らないし!知りたくないし!しなくて良いでしょこんなトコ?!」


 「っテんメェ、っっ」




 寒いのに、ズボンをむりやり、強引にずり下げられ、
 さすがにやり口が変態ではないか?!と。



 命綱でもある、下履きまで剥がそうとするから

 思いっきり、足蹴(あしげ)をかます私と、なおも、力付くで脱がそうとする
 シルバーブルー頭との攻防合戦(かっせん)が、いつものごとく、勃発だ。


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