マフィアの弾丸





 リムジンのルーフを、くぐるようにして上体を低くし降壇(こうだん)した男は、

 驚くほどに美麗な面立(おもだ)ちをし


 ────…且つ、まことしやか驚くほどの、その表情は"無"の境地だったのである。




 高級仕立てらしい黒のロングコートは両腕を通されておらず、彼そのものを装飾するかのごとく肩から
 翻るように引っかかっているだけ。



 その下には、極上の肉体美があるのだろうかと浅ましく、浅はかな来場客たちの内なる声が
 筒抜けて、聴こえてくるようであった。




 最初に降りた、煙草を咥え(くう)に向かって紫煙を吹かしている男の様相よりかは、もう少し

 からだの線がでる濃紺下地の、ストライプ柄の入った仕立ての良い
 スリーピーススーツ姿。



 それが、さらにこの男性の恰幅や躯体を、高尚に、鮮やかに仕立てていて、




 それだけで
 身綺麗に着飾った女性からご夫人までの視線を総嘗(そうな)めにし、
 そして彼女らは(たちま)
 ほぅっと、蕩けた表情へと変貌していく。




 ────その、別世界にいるような風貌をもつ男は、
 どのアングルから見ても
 人外レベルの美形であったのだ。




 オールバックに撫でつけられた、匂い立つようなグレーブラックの髪房は

 まるで、絹で繊細に、紡がれたかのように滑らか。



 右前髪はかるく、うねりを持たせたまま下ろされ、
 それがまた、彼の神秘と退廃美を如実に
 醸しだしている魅力でもあるのだろう。




 宝石のような濃い、闇色の双眼(アイズ)




 左右対称に、完璧に配置されているのに決して、アンバランスではない目、鼻、紅を差したような薄い丹唇(たんしん)


 形のよい右耳朶(みみたぶ)にはピアス穴が、ひとつ。




 玲瓏たる美貌は勿論のこと、
 人間わざでは到底、計り知れない神の手による、彫像のような風体(ふうてい)だったのである。



 
 手足は長く、長身。

 それは、両者とも二メートルは優に超えているのではないかと
 感じさせるほど。




 ありとあらゆる、この俗世の美たる美を、ありったけ発掘され
 与えられ詰め込まれている、という印象だ。




 ふたりの美貌の男に、目を奪われた富裕層の者たち(────主に、女性)は、
 途端に己の様相や、品格を確認しだす。



 大衆の何とも悪辣(あくらつ)で、低劣な浅知恵か。




 しかし男は────…傍らの側近を伴い、

 人々の忘我と羨望の視線などまったく、意に介さず人垣の割れたエントランスを、颯爽と前進していくのだった。


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