マフィアの弾丸

彼(あ)の方と彼の方






 ────…「お嬢様。ウォン総代表が今し方お越しになられました」




 一流のソムリエによってワイングラスに注がれた、赤ワインの味に舌鼓(したつづみ)を打っていたわたくしに
 聴き馴染んだ男からの、耳打ちが入った。



 ・・・・その言伝に、薄らと紅を差した唇が愉悦のあまり、一笑を湛えてしまう。



 けれどもすぐに気を引き締め直すと、
 目の前の貴婦人方に、お愛想のよいご挨拶で「失礼致しますわ」と話を切り上げ、

 アソシエーションの場を立ち退くために、いちど、ドレスの裾を上げて
 一礼。



 そのまま侍従である男の案内に従って、迎賓館(げいひんかん)のエントランスに向かってみたのだけれど、…



 どうやら、
 わずかな入れ違いだったみたい。



 ()うに"()の方々"はいらしている様子で。



 来場している下々(しもじも)の富豪の集まりたちがやけに、
 シィーーンと鎮まり返っていたものだから、その、見掛け倒しの華やかな様相だけがいやに、目に騒がしく。


 なんだかとてつもなく哀れで、不憫なことだった。



 人垣は割れたままでいるけれど、その中央にはわたくしが捜していた、"彼ら"の姿は
 見当たらない。




 ・・・・・もう、会場に御来場されたのかしら?




 エントランスの内装から、コンシェルジュの立つ受付、大理石のフロアの隅から隅まで。



 (あたか)も、シンデレラがカボチャの馬車を捜しあぐねているかのように、わたくしは
 首をあちこちに振り回し、視界いっぱいに捜し求めたのだけれど…、




 「すでに会場入りされたそうです、こちらへ」

 「っ。えぇ」




 侍従の竹倉(たけくら)に言われるがまま、焦る心もちをクールダウンさせるために彼の急ぎ足と足並みを揃え、


 ドレスや髪の多少の乱れなど気に揉む余裕もなく、会場への近道の足取りを
 速めていく。




 ・・・・・急がなくては。

 何としてでも、あの"彼女(かた)"よりは先行に、ご挨拶に伺わないとわたくしの
 面目次第(めんもくしだい)もない、・・・・・・。


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