マフィアの弾丸





 "あの女性(かた)"について邪推する不届き不人情な富豪家など。

 この会場に来場されているなかに
 万に一つも、あり得ないのだからこそとても逸るの。




 ・・・・それほどまでに、わたくしにとって"彼女"は憧憬(しょうけい)に匹敵するお方。


 何より、

 ・・・・・"()の方々"と対等に渡り合えてらっしゃる
 その人望と、人脈。



 到底、羨ましい。



 わたくしだって"彼の方々"に釣り合い取れるべく、どれだけお父様のお仕事に
 勤仕(きんし)してきたか。



 経済の先を見据える活眼、日本金融を支えて来られたその栄耀(えいよう)に、見合うアシストは時に、

 唐変木(とうへんぼく)な方と交渉する場面もあれば、酷評を浴びせられることや
 反駁(はんばく)しなければならない
 苦しい時期もあった。




 ────それでも、歯を食いしばり血の滲むような努力で"彼女"に近づけるように、
 真摯に、取り組んできたの。




 「────間もなく会場です、」




 紙燭(しそく)の設えされた隠し通路を抜け道に、

 息を上げながら歩みを進めていたわたくしを案じるかのごとく。




 竹倉の、
 張りのある端的な指示が鼓膜を揺すった。



 ぐっと力を入れなおした(まなこ)で相槌をしめすと、


 再び

 会場の賑わいと煌びやかなシャンデリアのライトアップが
 視界に飛び込んできたのには一瞬、怯んでしまい



 目を瞑る────…、




 「ッッ、」




 しかし。

 開けた双眸に映るものは、非情な現実。



 会場の前方にはすでに、────見知る壮美な"女性"が人々の輪の中心で、
 真っ直ぐに姿勢を保った背筋でじっと、淑やかに佇んでいらっしゃった。




 その姿を目の当たりにするのは、
 張り裂けそうなほど痛い。




 その傍らに、
 ────…"彼の方々"を同伴にされて。




 「っっ、ク、」




 せっかく紅を差した唇が、悔しさのあまり歪んで下唇を噛んでしまう。

 口腔に滲んだ紅は、唇を彩る色味にはとても最適なコスメであるのに、
 加工されたような味が舌の上に広がりどこまでも、欠陥品を思わせる。




 まるで、今のわたくしのようだ。と。



 身綺麗に外面や、知識や教養を着飾っていても、
 中味は大した値打ちなどないのだと。



 知らしめられているような、




 ・・・・嗚呼、またわたくしは。

 "彼女"に・・・・、負けてしまったの?


< 20 / 140 >

この作品をシェア

pagetop